(体験版)

作・飛田流  





 一流と言われる東京の私大を卒業した田上勇一(たがみゆういち)が、それなりに世間に名の知れた証券会社に就職してから、六年が経つ。

 六年も同じ路線の列車に乗り、会社までの同じ道のりを歩いていれば、どの車両が比較的空いていて、どのドアがいちばん改札口までの距離が短いかぐらいはわかる。

 朝七時前に通勤列車を降り、ホームからいつもの最短ルートを通って本我生(もとごう)駅の改札口を出た勇一の目に、いつもとは少し違う光景が飛び込んできた。

「本日オープンの××でーす。×階の××でやってますので、ぜひお立ち寄りくださーい。見学者大歓迎でーす」

 駅に隣接した多目的ビルの正面口前で、トレーニングウェアを着た若い男が、道行く人々にチラシを配っている。この時間から街頭に立っているということは、よほど宣伝に気合が入っているのだろう。

 勇一の両耳には、通勤時に聴く習慣がついている携帯音楽プレーヤーのイヤホンが掛けられているため、彼の言葉の端々まではよく聞き取れなかった。

「……あ」

 反射的に受け取ったその折り畳みチラシを、数十メートル先にある交差点まで歩いてから勇一は背広の内ポケットに入れた。おそらく、三十分後にはこのチラシは、会社のゴミ箱の中へ行く運命となる。

 両耳のイヤホンからは、最近よくテレビで見かける経済評論家の女性が自著を自ら語るオーディオブックの音声が流れている。勇一と同世代の彼女は、自信にあふれた口調で、「日本を変えるためには、まず自分から変わらなければならない」と力説していた。

 横断歩道の手前では、勇一と同じようなサラリーマン風の男たちが、みな無表情で目の前の赤信号を見つめている。

(……僕は、変われるのかな)

 イヤホンから流れる彼女の言葉にもう少し耳を傾けてみようかと思った直後、信号は青に変わり、勇一の思考はそこで中断された。

 そのまま道路を渡り、人気(ひとけ)のない繁華街通りに入ると、春の日差しで温まりかけた地面のアスファルトから、酒と残飯が入り混じったような饐(す)えたにおいが勇一の鼻腔に忍び込んできた。

 新人のころの勇一は、出社前に毎日嗅ぐこの独特のにおいが苦手で、当初はいろいろルートを変更してみた。だが、どの道にもその臭気はうっすらとこびりついており、結局入社から三か月でまた元のルートに戻した。

 繁華街を抜けて、コンビニと書店と小さな公園を過ぎた辺りで、オフィス街の中でひときわ目立つ、近代的なデザインのビルが見えてきた。

 勇一が働く、「クラウン証券」の本社ビルである。



 まだ人影の少ない社員用の通用口から階段を上り、二階の営業部の手前まで来た勇一は、

「……あれ?」

 どことなく妙な雰囲気を感じ、ふと足を止めた。

 周囲を見回してみても、先代社長がバブル期に購入したという絵画(本物かレプリカか、勇一には判別不明だが)数点が、広々としたフロアの壁に並んでいる程度で、通常となんら変わりはない。

 オフィスにまだ営業部の社員の姿は見られないが、彼らが出勤する時間は主に八時過ぎからなので、それはさして珍しいことではない。むしろ、この時間に出社する勇一のほうが彼らにとってみれば珍しい存在なのだろう。

 背広の内ポケットと左手に下げたバッグを探ってみるが、さっき駅前で手渡されたチラシの他には、財布、ハンカチ、ポケットティッシュ、音楽プレーヤーの他にパスケース、携帯電話など、これといった忘れ物はないようだ。

 それでもまだ、どこか釈然としない。大学を卒業してから六年間、勇一はほぼ毎日このフロアに通ってきたから、居心地の悪さなど感じるはずがないのだが……。

「って、六年?」

 今日からちょうど七年目だ。なぜなら今日は四月一日で、そして……。

「……あー!! ……っ」

 ついリアクション芸人のような声が出てしまった口をそそくさと手で押さえて、即座に回れ右をした勇一は、小走りにエレベーターへと向かった。

「忘れてた……」

 息を切らしながら、あたふたと上階行きのボタンを押す。

 半月前、勇一に、営業部から、企業情報収集を業務とするファイナンス・ディーリング部への異動が内示された。その新しいオフィスは七階にある。

 三機のうち、いちばん早く到着した真ん中のエレベーターにあわてて乗り込み、七階のボタンを押して、背後の鏡で身支度を確認した。先週のうちにクリーニングに出しておいた紺色のスーツもシャツも、どうやらこれといった乱れはないようだ。

(……おかしなとこないよね)

 鏡の中の自分を見つめながら、勇一はふと不安にかられる。

 勇一はコンプレックスの多い人間だが、その最たるものとして、自分の顔立ちが年齢の割に幼く、「女顔」に近いところが昔から嫌いだった。色白の肌も、鼻筋の通った顔立ちも、黒目がちの瞳も、勇一にとっては邪魔なだけで、もう少し男らしい……というより、男臭い顔に生まれたかった。たとえば、バンカラ学生のような、むさ苦しくごつい顔だ。それに筋肉隆々の体つきが備われば、なおのこといい。

 ――と、そんなことを周りの誰かにふと漏らしでもすれば「何を贅沢な」とボコボコに叩かれまくることはわかりきっているので、勇一がこの秘めた劣等感を表に出すことはほとんどない。

 七階に到着したエレベーターから降りた勇一は、あらためて辺りを見回す。ここは顧客があまり利用しないフロアのためか、絵画も観葉植物もなく、二階よりもやや殺風景な雰囲気だ。こちらの階にも、まだ人影はなかった。

 エレベーターのすぐ前に掲示されている、社内部署の案内図を勇一はもう一度確認して、半月前から何度か下見していたファイナンス・ディーリング部へと向かった。

(――新しい部署で、うまくやっていけるかな……)

 一歩、また一歩足を踏み出すごとに、緊張感が勇一の体を包み込む。

 総務部の隣にある、新しい職場のドアの前に立ち、反射したガラスに映る緊張気味の自分の顔と向き合った瞬間、

(……っ)

 勇一の脳裏に、新人時代の恥ずかしい記憶が突然蘇った。

 入社式の日、居並ぶ営業部の先輩を前にして勇一たち新人は自己紹介をすることになったのだが、同期の中国人の女性のあいさつに、部長が「田舎の人より日本語がうまいねえ」と軽く持ち上げた。その直後にあいさつに立った東北出身の勇一は、つい「私も田舎の人間ですが、うまく会話ができるように頑張ります」と、悪意など一切なく口にしてしまったのだ。

 その時の部長の、あっけに取られたような、なんとも表現しがたい表情を、勇一は今でもはっきりと覚えている。

 幸い大事(おおごと)には至らなかったものの、この件はのちのちまで営業部で語り継がれることになった。

「は・ず・か・し・ぃぃぃぃ……っ!!」

 小声で叫び、熱くなった顔を無意識のうちに勇一は両手とカバンで覆ったその直後、背後から、いきなり誰かが勇一の肩をポンとたたいた。

「……っ!」

 続けて、やや太く、艶のある中年の男の声が耳に飛び込んでくる。

「よう、田上君じゃないか」

 一瞬びくりとしたものの、勇一は顔の前から手とカバンをさっと下ろし、澄ました表情を作って振り返った。

 そこには、うっすらと日灼けした肌と、肩幅の広い体躯を持つ背広姿の男が、にこやかな笑みをたたえて立っていた。

 今日から勇一の直属の上司となるファイナンスディーリング部課長・谷越慎治(たにごえしんじ)である。

 身長一七五センチの勇一よりも谷越は二、三センチ背が高い。年齢はたしか四十一歳だと聞いている。二十八歳の勇一より一回り上だ。

「あっ、谷越課長……おはようございます」

 何事もなかったように頭を下げた勇一に、谷越も穏やかな笑みを浮かべて「おはよう」と返すと、

「まあ、うちは営業とはまったく畑違いの部署だが、これから一緒に頑張っていこう……な」

 浅黒く大きな手を、向かい合う勇一の肩にまたポンと音を立てて置いた。力強い指先の感触が肩先に伝わる。

 谷越の、温かみのある優しげな目は、じっと勇一を見つめていた。

(今の、見られて……ない、よね)

 近い距離から谷越の視線を浴び、何も答えられないまま勇一は顔を赤らめていた。


 その日の夜七時、部内の親睦も兼ねて、勇一の歓迎会が開かれることになった。

 仕事を早めに切り上げたメンバー総勢九名は、谷越の先導で本我生駅西口付近にあるベトナム料理店に入った。

 営業部の場合、同じ西口付近でも、たいてい庶民的な居酒屋で飲み会が行われたものだが、この部署は谷越・勇一と、勇一の同期の川名耕作(かわなこうさく)という男以外、すべて女性であるためか、ジャズが低く流れる二階まで吹き抜けになった、シンプルで小綺麗な雰囲気の店が選ばれたようだ。

 すでに宴席は用意されており、同期の川名と席を並べて座ったのはいいとしても、谷越とは少し離れた席になってしまった。

 川名は、口数が少なく何事も控えめな勇一とはまったく逆で、多弁でお調子者の気がある。

(今日は川名君になるべく話を振って、場を盛り上げてもらうことにしよう、っと)

 テーブルで向かい合った女性社員たちの視線を感じつつ、心の中で勇一がそんな“画策”を練っていると、

「つうかさ、ここの店、料理の盛り少なくねぇ?」

 川名が少々突き出た腹をさすりながら、大皿に盛られた炒め物の量に小声で不満を漏らした。背は勇一と同じぐらいだが体重は軽く八十キロを越しているぽっちゃりとした体格の彼なら、数人分はある料理一皿分でも足りないのかもしれない。

「そ、そうかな」

 どれほどの量なら彼の食欲を満たすのかスリム体型の勇一にはわからないのだが、とりあえずあいまいに笑ってみる。

 ふたたび谷越に目をやると、席から立ち上がった彼は、あいさつを始めるところだった。

「――今日から田上君という新しい仲間も加わり、我が部署もますます活気付くことを期待している。景気の動向はまだ厳しいものがあるが、みんなで力を合わせ、この局面を乗り切っていこう。それでは、乾杯!」

 谷越の乾杯の音頭とともに、それぞれのグラスが合わされ、なごやかに会は始まった。直後に、川名の緩んだ口元はうずうずと動き、女性社員たちに何かを語り掛けたが、

「ねえねえ、田上さん」

 川名を軽くスルーした彼女たちは、隣でかしこまっていた勇一に興味を示してきた。

「田上さん、子供のころからそんなに綺麗な顔立ちだったんですか?」

「お酒で失敗したことってあります?」

「これまでどんなタイプの人と付き合ってきたんですか?」

 矢継ぎ早に繰り出される質問に、勇一は、「え、あの……」と口ごもってしまう。

(川名君……)

 勇一は川名の目をじっと見つめて、助けを求めるものの、

「空気読めよっ」

 と、わずかに嫉妬を含んだ、いらついた小声で返された。

 良く言えば勇一が「話題の中心」ということになるが、実のところ彼女たちの「玩具(おもちゃ)」にされている感もある。悪意を持たれるよりはまだいいにしても、何かの手違いで女子校に転校してきた男子のような、少々の居心地の悪さを感じてしまう。

「――ええ」

「――まあ」

「――そんなこと……ないですよ」

 短い言葉でとつとつと答える勇一の隣では、女性たちにまるで相手にされない川名がむくれたように、目の前の大皿に盛られた海老入り生春巻きを口いっぱいに頬張っていた。

 うつむきながら彼女たちの質問を必死にかわす勇一の目は、彼から少し離れた場所で背広を脱ぎ、ワイシャツにネクタイ姿で別の部下と歓談をする谷越にちらちらと注がれた。

 酒のせいでやや赤らんだその顔は、昼間の仕事のときの引き締まった緊張がほどよく緩み、彼の人柄を表すかのような柔和な笑顔が浮かんでいた。

 全体的に渋めの端正な顔立ちでありながら、太めの眉としっかりとした顔の造作、聡明な光を湛える目が実年齢以上の若さを感じさせる。

 谷越の顔を盗み見ていた勇一の喉が、

「……っ」

 ごくりと鳴ったその時、誰かの腕が突然肩に回ってきた。

「うわ……」

 驚いて振り向くと、すねた表情の川名が勇一にしなだれかかっていた。もっちりとした脂肪の感触が、背中越しに伝わる。

「ちょっとみなさん、俺も田上と同期なんすよぉ。俺にも話聞いてほしいっすぅ」

 少々酔っ払っているのか、肩に回った川名の手が勇一の背広とワイシャツの間に滑り込み、シャツの上から胸を軽く撫で回した。

「あ……っ……」

 キャーッ、と女性社員の間から、悲鳴交じりの囃(はや)し声が上がる。

 思わぬ感触に、勇一の体が固まる。川名にとっては男同士の気安さと、さきほどの「仕返し」の意味もあるのだろうが、勇一にとってそれは……。

「ちょっと川名君、田上さんが固まってるじゃない」

 言葉も出ないまま、ただ身をすくませていた勇一に助け船を出したのは、それまで谷越と話をしていた野間小枝子(のまさえこ)だった。肩まで伸ばしたストレートの髪をうなじの辺りでヘアピンで止め、パンツタイプの紺のスーツを身にまとった彼女は、川名や勇一の三年先輩に当たる。

 小枝子には谷越に続くチームリーダーという役職が与えられており、芯の強そうな顔立ちからは、他の女性社員とは一線を画すオーラのようなものが感じられた。

「スキンシップすよスキンシップ。いいじゃないすか、男同士なんだから」

 子供っぽい口調で言い返した川名に、小枝子は酒宴には似つかわしくないクールな表情を向ける。

「男同士でも、嫌がってる人にそういうことをするとセクハラになるのよ」

「面倒な世の中すね……」

 とぼやきながらも、川名は勇一の体から離れたが、その際に川名の手が勇一の左胸の脇を軽く掠めた。

「あっ……」

 思いもしなかった場所の刺激に、また声が出てしまう。

「どうしたんだよ、田上」

 川名がにやりと笑う。

「まさか、俺にもっと触ってほしかったとか?」

 さらに顔を真っ赤にして、勇一は、「そ、そんなこと……」と必死に首を横に振った。

 かわいいーっ、と小枝子を除いた女性社員たちから黄色い声が上がった。


 夜十時過ぎに会はお開きとなったが、結局、歓迎会の間に勇一は谷越とは会話らしい会話ができなかった。

 店の前で、小夜子たち女性メンバーが谷越にあいさつをしている姿を、勇一は川名の幅広い図体の影で隠れるようにして見ていた。

 あの後、うさを晴らすかのように「呑(の)み」に走った川名の体から、酒のにおいがぷんぷんと漂っている。おそらく今日の歓迎会は彼にとってけっして面白いものではなかっただろう。

(あとで川名君、フォローしておかなくちゃ……)

 川名は勇一をどう思っているかわからないが、勇一は川名をうらやましいほどの好漢(イケメン)だと思っている。ちょっとイモっぽい素朴な顔立ちや、何にでも首を突っ込んでくる自信過剰気味な性格と、腹を中心に脂肪がぽっちゃりとついた体型も含めて、だ。

 できることなら、川名と体ごと入れ替わってもいいほどだ――と以前、同期社員の飲み会の席上、本人の目の前で大真面目に口にしたら、

(たっ、たっ、たっ、田上ぃぃぃぃっ……お、お、おまえっ、ぉぉぉ俺を馬鹿にしてんのかぁぁぁっ!!)

 と、なぜかキレ掛けられたので、以後、この話題は二人の間ではタブーとなっている。

 ネオンに照らされた、道路沿いで細い枝にぽつぽつと咲く夜桜が、ふと勇一の視界に入る。十年前、大学進学のため初めて上京したとき、東京では四月になる前に桜がほころび掛けることに、勇一はかなり驚いたものだ。

「課長、それじゃ失礼しまーす」

「ああ、気をつけて帰りなさい」

 谷越に笑みを返された女性メンバーは、連れ立って駅へと向かっていった。

「田上さーん、また明日ー」

 その中の二、三人の女性たちから甲高い声を掛けられ、勇一はあわててぺこりと頭を下げる。

 酒の飲みすぎなのか、ネクタイを緩めて胸元を仰いでいた川名が、不満げに呟く。

「結局オイシイとこはぜーんぶ課長(ボス)と田上が持ってくんだよな……」

「そ、そんなことないって」

 続けてどうフォローしようかと勇一が考えている間に、川名はもう機嫌が直ったのか、

「田上、これから同期呼んで二次会やんね? どっかもっとがっつり食べれる店でさ」

 女性メンバーの姿が見えなくなってから、あっけらかんと勇一に耳打ちした。

「ああいう小洒落た料理って、なんか俺食べた気しねえんだよな」

 川名からの誘いに、ああ、うん……と生返事を返したものの、心はずっと谷越のことが気になっていた。

(やっぱり、このまま帰ったら、社会人としてちょっと駄目だよね)

 そう決心した勇一は、

「ごめん、ちょっと課長にあいさつして来るね」

 と、川名に言い残し、前に進み出た。

「あ、あの、課長」

 頼りがいのある温厚な笑みが、勇一に向けられる。酒のせいだろう、ほんのりとその顔は赤らんでいる。

「おお、田上君。どうだ、楽しんだか」

「……」

 谷越に顔を向けられ、勇一の顔が熱くなる。少し目を伏せながら勇一は谷越に近寄り、

「これから、どうぞよろしくお願いいたします」

 軽く頭を下げた。ああ、こちらこそ、とにこやかに谷越は答えた。

 しかし、続けて悪戯っぽい表情を浮かべると、

「えっ……」

 突然勇一の背中から腕を回し、大きな手で勇一の右肩をがっしりとつかんだ。

 ――さすがに川名のように、胸までは触らなかったが。

「男同士、これぐらいなら『セクハラ』にはならんだろ」

 背広を通しても感じられる力強い筋肉の感触に、鼓動が急速に高鳴り始めた勇一の耳元で、

「どうやら田上君は少々恥ずかしがり屋のようだな」

 谷越は内緒話のように囁くと、さらにこう付け加えた。

「――朝会ったときも、な」

「……っ!!」

 混乱。羞恥。一枚上手。

(見られて……た……っ!)

 体の中が、火がついたようにかっと熱くなる。

「最初はいろいろ仕事で戸惑うこともあるだろうが、うちの好奇心旺盛な女子たちに訊きづらいなら、私に訊くといい」

 どう返答すればいいのか戸惑う勇一。その鼻腔にうっすらと、汗と酒と、精力的な男のにおいが漂う。

「野間君たちには内緒だぞ」

「ぁ……」

 谷越がその言葉を口にした瞬間、舌の奥がじんとしびれたようにうまく言葉を発せられなくなったのは、二、三杯飲んだ酒のせいだけではない、はずだ。

 もしかしたら。

 もしかしたら、明日から何かが変わるかもしれない。

 谷越に抱き寄せられながら、勇一は、ただ、何度もうなずいた。

「田上ーっ、何してんだよー」

 見ると、携帯電話を左耳に当てた川名が、勇一に向けて右手を大きく回していた。

「あの、それじゃ、失礼します」

 逃げるように勇一は、そそくさと谷越の体から離れた。

「ああ、気をつけてな」

 電話中の川名に向かって歩き掛けた時に見た、谷越のまなざしは、父親のようにどこか優しかった。

 谷越はまたにこやかに笑うと、右手を上げて駅に向かって歩き始めた。

「田上、おまえいまボスに抱きつかれてなかったかあ」

 勇一が戻ったとたんそう追求しようとした川名に、

「……いや、なんでも」

 と、微笑で軽く流した。

 遠ざかる谷越のがっしりとした背中がまだ、勇一の心に残っている。

(……いけない)

 だが、次の瞬間、勇一は自分に言い聞かせるように、首を横に振った。

 過度な期待をすれば、自分が傷つくだけだ。これまで何度、自分に言い聞かせてきただろうか。

 もう、叶うはずのない夢を見るのはやめよう。

 おそらく自分はこのまま誰の人生とも交わることなく、独りで生きていくのだろう。

(僕は、このままずっと変わらないんだろうな)

 勇一は、また携帯で誰かと話し始めた川名に気づかれないように、小さくため息をつきながら、背広の内ポケットに手をやった。

「……ん?」

 勇一の手に触れたのは、汗を拭おうとしたハンカチではなく、折り畳まれた紙だった。

「あれ……」

 思わぬ感触に軽く驚いた勇一は、ポケットからその紙を取り出して広げてみた。

 そこにはTシャツに短パン姿のでっぷりとした中年の男が、苦笑いを浮かべながらせり出た腹を両手でつまんでいるイラストと、こんなキャッチコピーが印刷されている。


 ――目をそむけていたら、いつまでもそのままですよ。


 それは、今朝、駅前で受け取ったチラシだった。施設の名前は「FLGスポーツクラブ」。最近テレビCMをよく目にする、レンタルビデオが本業の大手企業グループの一社だ。

(……いつまでも、そのまま……か)

 その時、電話を掛け終えた川名が勇一に近寄ってきた。

「なーんだよ田上、やけに不景気な顔してー」

「ああ、うん」

 勇一がそっとチラシを背広のポケットに戻すと、少し冷えた春の風が吹いた。

 桜と酒と排気ガスのにおいが入り混じった風が、勇一の胸の中をかすかな痛みとともに吹き抜けていく。

 そのにおいにはもう「慣れた」はずなのに。


 それから半年が経ち、九月に入って初めての月曜日。

 夜六時を過ぎ、まだ社員の大半が残っているクラウン証券ファーストディーリング部では――。

「なに、田上、もう帰っちゃうの?」

 自分の机でひれ伏すように書類と格闘していた川名が、隣の席で帰り支度を始めた勇一を見て、驚いたように顔を上げた。

 きちんと整理整頓されている勇一の机とは対照的に、川名の机は、今にも崩れそうな書類の束が極限まで積み上げられ、さらには飲み掛けの缶コーヒー、何の用途に使うのかまるで見当もつかないキャラクター文具で埋め尽くされている。

「うん……ごめん」

 本来はそうする必要などないのだが、つい勇一は頭を下げてしまう。

 勇一の会社はフレックスタイム制で、早く出社すれば、当然早く退社時刻が訪れるが、営業にいたころはなかなか時間通りに仕事を切り上げることができなかった。だが、この部署では谷越の意向もあり、繁忙時でない限りは時間通りに退社できる。とは言え、毎日朝十時近くに出社し、どっさりと仕事を残す川名を見かねて、勇一が付き合って残業することもよくあることなのだが。

「だったら川名君も、もう少し早く出社しなさいよ」

 自分の机のパソコンで企業情報の収集をしていた小枝子が、スリムサイズの水筒に持参したコーヒーをコップに注ぎながら、川名をたしなめるように軽く言う。

「なんかさ、田上って、月曜と木曜は早く帰るよな」

 いぶかしげに口を尖らせる川名に、小枝子は、

「いいじゃないの。田上さんだっていろいろ予定があるんでしょうからから」

 とフォローをしてくれた。

 最初はなにかにと勇一にちょっかいを出してきた女性社員たちは、勇一がのらりくらりとそれを交わしているうちに興味が薄れていったのか、徐々に静かになっていった。しかし、小枝子は、最初から勇一のプライベートにほとんど踏み込むことはなく、逆に自分のそれを明かすこともほとんどなかった。

 顔の造作はクールに整っているが、実のところさっぱりした性格の彼女は、社内でもファンが多いらしい。私生活がヴェールに包まれた、三十一歳で独身の彼女がどのような人物とゴールインするかは、男女問わず社内のファンの間でも最大の関心事のようだ。

 勇一は「そっちのほうは明日手伝うから」と申し訳ない表情を川名に作ると、「それでは、お先に失礼いたします」と、残っている部のメンバーに頭を下げ、オフィスを後にした。

「ああ、お疲れさま」

 眼鏡を掛けて書類に目を通していた谷越は、いつものように穏やかな表情を勇一に向けると、微笑を浮かべた。自然なその仕草は、彼が誰に対しても平等にそうしていることを示している。

 谷越は、確かに仕事の能力に優れ、人柄も良く、頼れる上司には違いなかった。だが、彼がお茶目な素顔を見せてくれるのは酒を飲んだときだけで、仕事中は必要以上に口を利くタイプではなかった。

 そして、彼の机の上には、白木の写真立てに入れられた、今年六歳になるという谷越の愛娘の笑顔がさりげなく飾られている。


 会社から歩いて二十分後、勇一は人でごった返す夕刻の本我生駅構内に来ていた。平日の夕方であるためか、家路を急ぐ人たちや、逆にこれから夜の街に繰り出そうとする人の他に、学校を終えた学生たちの姿が多く見られる。

 いつもならこのまままっすぐ改札口に向かうところだが、勇一の足は、人通りの少なく目立たない場所にあるコインロッカーへとまず向かった。ズボンのポケットに忍ばせておいた鍵でロッカーを開け、中から出勤前に預けていたスポーツバッグを取り出すと、勇一は隣接した駅ビルへと歩き出した。

 秋冬のファッションを身にまとうマネキンがショーウィンドーに並ぶ駅ビルのドアをくぐると同時に、これから立ち寄る場所への期待で、自然に勇一の心が浮き立ってくる。

 ファッションやグルメ・大型書店など、数多くのテナントを所有しているこのビルを勇一はこれまでも月に数回は利用していたが、半年前から「ある理由」で、毎週月曜と木曜の退社後、ここに立ち寄るようになった。

 目的の施設に行く前に、まずはエレベーターで二階に向かい、書店へと立ち寄る。毎月購入している経済誌を手に取った勇一は、レジ待ちをしている学校の制服を着た三人の少女たちの後ろに並んだ。

「やっぱ数学のヤマモトって怪しいよねー」

 この世代特有の、無邪気と傍若無人の間ぐらいのテンションで、少女たちは男性教師のカツラ疑惑とか、アイドル主演のドラマの話とかをしている。何の興味もなく、それを聞き流していた勇一の耳に突然、

「あーっ、リンコったら……」

 公共の場には、ひどく違和感のある言葉が飛び込んできた。

「またホモ雑誌買ってるーっ!」

(……えっ)

 その衝撃的な言葉に、勇一を含めたレジに並んでいた五、六人の客の耳目が一瞬で彼女たちに集まった。

 甲高い声を上げたショートカットの勝気そうな少女が、眼鏡を掛けた三つ編みのお下げ髪の少女が胸に抱いた雑誌を指差している。

「ってマナ、ちょっと……」

「リンコ」と呼ばれた少女は少々内気なのか、マナという少女にそれ以上の反論をせず、色白の顔を赤らめて黙り込んでしまった。

 もう一人のストレートのロングヘアの少女が、さっきよりは抑えた声でマナという少女に耳打ちをする。

「じゃなくてBLでしょ。ボーイズラブ」

「でも、それってホモの人たちが出てくるんでしょ」

「……っ、マナったら!!」

 二人の少女がそんな会話をしているうちに、リンコという少女がおずおずとレジに差し出した雑誌を、茶髪で若い女の店員は何も聞こえなかったように笑顔で受け取った。

 彼女たちの肩越しに覗いた雑誌の表紙には、艶然と微笑む男の肩を、やんちゃな顔をした男が抱く、女性と見まごうほどの美少年二人のイラストが描かれていた。

 ネットや雑誌の記事で、勇一もその存在を知らなかったわけではないが、こうしてその雑誌と、それを買う人間を目にするのは初めてだった。

 リンコという少女が会計を終え、振り向いた瞬間、なぜか勇一と視線が合い、顔を赤らめて目を伏せた……ように見えたのは、先ほどのやり取りを恥じらっているためなのだろうか。それにしては、何度もちらちらと勇一の顔を見ているような気もするのだが。

 そして、彼女たちがそれぞれの商品の会計を済ませたころには、もうこの空間のどこにも先ほどまでの緊張感は残っていなかった。

「っていうか、ホモとBLって、どこがどう違うわけ? ね、ね、リンコ」

 遠ざかる彼女たちの赤裸々な会話が耳に届く。その様子に背徳感など欠片(かけら)も感じさせない少女たちの背中を目で追いながら、

(『ボーイズラブ』なら、みんな受け入れてくれるのかな……)

 勇一はふと心の中でつぶやいていた。

「お客様、こちらのレジご利用できますが」

 はっと我に返ると、茶髪の女店員が少し怪訝な顔で、順番になってもレジに進もうとしない勇一を見つめていた。

「あ、すみませんっ」

 あわてて勇一は一歩前に進むと、右手に抱えていた雑誌をレジに差し出した。

 本当は、この本の他に、もう一冊買いたい雑誌がある。

 だが、勇一が「その本」をここで買ったことは、これまで一度もない。


 その後、勇一はエスカレーターでメンズファッションフロアの四階まで上がったが、上階にもエスカレーターが続いているにもかかわらず、わざわざ人気のない場所にある階段に移動した。

 そこから最上階の五階へ上ると、それまでの華やかさが一転し、静かで落ち着いた雰囲気へと変わる。全体がスポーツクラブのフロアになっているこの階に来た勇一は、二、三度辺りを見回してから、急いでフロントへと掛け寄った。

「こんばんは、田上さん!」

 青いポロシャツにトレパン姿のインストラクターの青年・森田が、勇一の姿を見かけるなり、朗らかに声を掛けてきた。

「あ……こ、こんばんは」

 勇一はこの手の体育会系の受け答えは苦手で、いつも言葉に詰まってしまう。

 二十代前半で、細身ながらもしっかりとした筋肉を持つ森田の背後には、フィットネス中の太った男を撮影した大きなポスターが貼られている。「自分、改革中。」とコピーが書かれたポスターの男は、半年前勇一が受け取ったこの「FLGスポーツクラブ」のオープン告知チラシのモデルと同一人物であろう。

 勇一は背広のポケットから会員カードが入っているパスケースを取り出そうとしたが、

「……あっ」

 ケースを開くと、定期の裏から、若草色のラッピングフィルムの角が少し顔を出しているのに気づいた。

「どうかしました?」

「あ、いえ、なんでも」

 内心の動揺を隠し、急いで「それ」をケースに押し込めると、素知らぬ顔で勇一は森田に会員カードを差し出した。

 森田は特に不審に思わなかったのか、パソコンにつながった読み取りリーダーにカードのバーコードを当て、

「どうぞ」

 爽やかな笑みとともに、棚から取り出したトレーニングメニューとカードを勇一に渡した。

「……どうも」

 はにかんだ笑みを森田に返すと、勇一は男子更衣室へと向かう。

 その途中、かすかな期待とともにガラス張りのトレーニングルームを覗いてみた。

(もう、来てるかな)

 オープンしてまだ半年の真新しく、広々としたクラブでは、若い女たちや青年から壮年に掛けての男たちが、トレーニングに勤しんでいる。

 が、その中に「彼」の姿はない。

 更衣室の中に入っても、体格のいい半裸の男たちの中に「彼」はいなかった。

(今日は来てないのかな……)

 着替えを終え、更衣室からトレーニングルームに入った勇一の目が、もう一度利用客をひとりひとりチェックする。だが、やはり「彼」の姿はなかった。

 特徴ある「彼」の姿は、どこにいてもすぐにわかるはずだ。ということは、今日はクラブに来ていないのだろうか。別に約束しているわけではないとは言え、いつもここで目にする人物がいないだけで、心に張り詰めていた期待が失望に変わるのを感じる。

 その後、勇一は一時間ほどフィットネスコースをこなし、汗をたっぷりかいたあと、クラブ内の風呂へと向かった。だが、脱衣所にも、広々とした浴室にも、やはり「彼」の姿はない。残念だが、今日はもうあきらめたほうがよさそうだ。

 気持ちを切り替えるために熱いシャワーで体をすすいだ勇一は、精悍というべきがっしりとした筋肉を兼ね備えた男たちが何人か湯に浸かっている広い浴槽に、少々の引け目を感じながら入った。

 そして、勇一が、疲労した筋肉を熱めの湯がほぐしていく心地よさを味わっていたとき。

(あっ……!)

 がらりと勢いよく扉が開いて、大柄の体躯に濃い体毛を茂らせた男が浴室に入ってきた。それを視線の端でとらえた勇一の心が高鳴る。

 前を隠さずに入ってきたその男安岡大吾(やすおかだいご)は、湯船に浸かっている勇一の姿を見つけたのか、仮性包茎気味の巨大な一物をぶらぶらと股間で揺らしながら、勇一に近寄ってきた。

 毛深い太股と股間で大きく揺れる大吾のシンボルに、思わず勇一は軽く目を伏せる。急激に心拍数が上がっていくのが自分でもわかった。

「うぃーっす、田上ちゃーん」

 湯桶でざっと一回かけ湯をして、大吾はそのまま浴槽に遠慮なくざぶりと入ってくる。どうやら大吾には、全体的にあまり細かいところにこだわらないところがあるようだ。

「ああ、安岡さん……」

 いつ見ても何度見ても、彼の「その」サイズは人並み外れて巨大だ。

 じっと「そこ」を見つめるのもどうかと思い、とりあえず目は逸らしたものの、濡れて存在感を増した太腿の体毛と、湯の中でゆらゆらと揺れる、包皮までしっかりと灼けた亀頭とふさふさとした縮れ毛に包まれた二つの睾丸は、勇一のまぶたの裏にくっきりと残ったままだ。

「ぅいっしょぉ……とくらぁ」

 湯を掻き分けてずかずかと勇一に寄ってきた大吾は、顔を赤らめている勇一のすぐ隣にどっかと腰を下ろした。

(……うわ)

 大吾の巨体で大きく攪拌(かくはん)された浴槽の湯が、スリムな勇一の体をぐらりとふらつかせる。

 友人としては近すぎるほどの、大吾との距離。緊張しすぎた勇一の口からは、心とは逆にそっけないほどの言葉が出てしまった。

「安岡さん、今日は……来てたんですか」

 あっさりとした勇一の口調に、大吾は無精ひげに覆われたむさ苦しい顔を大げさにしかめた。

「『来てたんですか』はねーだろ、おい……」

 だが、それ以上後を引くこともなく、大吾はまた悪戯っぽい表情を作ると、

「ところで田上ちゃん、ムスコさんのほうは元気かーい」

 悪びれもせず、湯舟の中で勇一の股間に手を伸ばし、無骨な指先でぐにぐにと勇一の一物を揉みしだいてきた。

「や、やめてくださいよ……」

 勇一が困った顔を作り、軽く大吾を睨みつけると、大吾は大きくて四角い顔を子供っぽくゆるめ、

「いやすまんすまん、大学時代からの癖でなあ。他人のチンポ見ると、ついついいじりたくなっちまうんだ」

 そう言い訳をすると、へへ、と照れ笑いを浮かべた。

 大吾は浴槽の湯でざぶざぶと顔を洗うと、突然大学時代の話をし始めた。

 大吾は当時応援団に在籍しており、最終的には団長まで勤め上げたという。そして、その応援団には「女子との交際禁止(風俗も含め)」という鉄の掟があったらしい。

 とは言うものの、性欲が盛んな学生たちのこと、とても「その行為」を我慢できるはずもなく、いつしか先輩から後輩に対して「しごき」という名目で、集団オナニーや先輩たちの一物の尺八を強制させる行為が団内でまかり通っていたのだそうだ。

「先輩には逆らえねえしな。俺も一年坊主の時は、部室で下だけ全部脱いだ先輩たちの先汁と汗で蒸れておっ勃ったくっせえチンポを一本一本無我夢中でしゃぶりあげてなあ。全員が汁をぶっ放すまで終わんねえんだ、これが」

 大吾はそう言って、口の前に右手で作った筒を持ってきて、それへすぼめた唇を前後させた。

 もともと大吾はエロ話が好きらしく、なんの前振りもなくそういった話をする。

 そんな卑猥な身振り手振りでその様子を再現する大吾は、まるで性欲盛りの高校生のようだ。

 ちなみに、勇一は大吾のことをずっと「安岡さん」と呼んでいるのだが、大吾は勇一と初めて会ってから二回目にはもう勇一を「田上ちゃん」と呼んでいた。

 無精ひげ面ににっかりと笑顔を浮かべて、勇一をそう呼ぶ大吾は、まるで長年の親友でもあるかのように親しげな口をきく。

 その後、大吾と親しくなってから勇一が訊いたところによると、大吾は酒屋の次男坊で、高校生のころからずっと実家の手伝いをしているという。勇一と同じく現在独身で、休日には同じ地区の商店街の男たちを集めた草野球チームの監督をしているそうだ。最近やや腹が出てきたのと、体力の衰えを感じつつあるのが、このクラブに通うようになった理由らしい。

 浴槽から上がっても、大吾は遊び半分にボディービルダーのようなポーズを取りながら、ふんっ、ふんっ、と、全身の毛深い筋肉に力を込めて、自慢のそれを誇らしげに鏡に映している。

 二十八歳の自分よりも三歳年上なのにどこか子供っぽい面を見せる大吾が、一人っ子の勇一にはまるで兄のようにも、弟のようにも思えていた。


 大吾と勇一の出会いは、今から三か月ほど前にさかのぼる。

 梅雨のさなか、珍しく晴れ間が覗いたその日も、今日と同じ月曜日だった。

 仕事を終え、いつものように夜七時にこのスポーツクラブに来ていた勇一は、まずは軽く汗を流そうとランニングマシンに向かおうとした。そこへ、

「いやいや、最近のジムはえれぇことになってんなぁ、おい」

 場違いなほどの男のがなり声が、室内に響き渡った。

(……えっ?)

 勇一のみならず、黙々とトレーニングをしていたほぼ全員の利用客の視線が、その声の主に集まる。

 インストラクターの森田と並んでそこにいたのは、かなり着古した感のある薄汚れた白Tシャツと、色が褪(さ)めきった紺系のトレーニングパンツを身に着けた、ひときわ図体の大きい男だった。身長は二メートル近く、体重は九十キロ前後、年齢は三十代前半、といったところだろうか。

 シャツの中では分厚い胸板と屈強な筋肉がはちきれんばかりに隆起し、よれた布地の襟元からはびっしりと生えた濃い胸毛が顔を覗かせている。ぼさついた短髪と太い眉、野太い声、そして無精ひげを生やした男のいかつい顔立ちからは強烈な男臭さがむんむんと香ってきた。

 何もかもが「規格外」の彼は、勇一が初めて見る顔だった。

 彼は、自分に注目が集まっていることなど気にも留めずに、インストラクターの森田を引き連れ、大きな目をさらに剥いて物珍しそうにトレーニングルームを見回している。華奢(きゃしゃ)というほどではないにしても中肉中背の勇一とは、雰囲気といい、声といい、顔の造作といい、何から何まで真逆だった。

「これ全部使っても金かかんねぇのか、兄ちゃん」

「あ、はい……。時間内でしたら、コース料金に含まれておりますので……」

 たじたじとした表情で森田が案内している巨漢の男は、おそらく今日初めてこのクラブを利用するのだろう。彼は、そのいかつい顔立ちからは一見想像もつかないほど目を輝かせて、遊園地に来た子供のようにトレーニングマシンに興味を示している。

「説明はもういいから、そろそろこいつを使わせてくれてもいいんじゃねえのか、兄ちゃん、な、な」

 悪意はまったくないのだろうが、二メートル近い大男が頭一つ下の森田に懇願している姿は、どう見てもならず者が若者にからんでいるようにしか見えない。つい勇一は男の太い首元とごつい指先に目が行き、「その道の人間」が愛用していると言われる、ごついデザインのプラチナ(風の)ネックレスかリングの存在を何度も確認してしまう。

「あ、いや、でも……一人で大丈夫ですか」

「大丈夫大丈夫、がははははは」

 さっきまで森田を睨み付けていた男の顔に、にっとむさ苦しい笑みが浮かぶ。それはコミカルなほどの豹変振りだった。

(この人、よっぽど機械を使ってみたいんだな)

 まるで子供みたいな人だな、と勇一は心の中で微笑を浮かべる。

 この大男に少なからず興味を持った勇一は、彼が真っ先に向かったステアクライマー(階段上りの動作で脚力を鍛える器具)の真後ろにあるエアロバイクにまたがり、トレーニングを始めた。この位置なら、彼の広い背中と盛り上がった筋肉をじっと見つめていてもそう不自然ではないだろう。

 だが、最初のうちこそ男は勢いよく足踏みをしていたものの、突然ぴたりと立ち止まり、それから一分経っても二分経っても巨大な銅像のように機械の上で動かなくなった。

(どうしたんだろう……あの人)

 操作方法がわからないなら、機械の裏に吊してある説明書を見ればいいのだが、そうする気配もない。男の不審な行動が気になった勇一は、エアロバイクを降り、動きを止めたままの彼に近寄った。

「どうかなさったんですか」

 人見知りの激しい勇一にしては、珍しくすらりと声が出た。広い背中にじっとりと汗を滲ませた男は、

「う、ぐぅぅっ?!」

 喉に何か詰まらせた老人のような声を出し、盛り上がった両肩をびくりと震わせてから数秒後、おずおずと振り返った。勇一は彼の答えを待っていたが、男は無骨な顔にひきつった表情と大量の汗を浮かべ、

「いや、あの、ぅぅぅ……」

 と、太い眉を八の字にひそめたまま口ごもるだけだ。

(……ほんと、よく表情が変わる人だな)

 先ほどまでの強面が一転し、迷子になった子犬のような気弱な表情になったのがどこか微笑ましく、ふと緩みかけた頬を勇一はあわてて引き締めた。

(いけないいけない……)

 いずれにせよ、この大男がなんらかの理由で非常に困っているのはわかる。自分に無言で何かを訴えかけようとしているのも。

 困っている人間を見れば、放っておけないのが昔からの勇一の性分だ。彼が黙して語らない、あるいは語れない以上、自分からその狼狽の理由を探してあげたほうが良さそうだ。

 勇一が彼の顔からステアクライマーに視線を向けたとたん、意外なほどあっさりとその原因はわかった。安全装置が働き、電源がオフになっている。おそらく、ステップを踏む力が強すぎたのだろう。

「ちょっとすみません」

 勇一は戸惑っている男をよそに、マシンのスイッチを慣れた手つきでいじり始めた。

「これがリセットボタンなんですけど、ここを一度押してみると、ほら」

 下部にあるそのボタンを押すと、ピポッと音がして、しばらくするとまた液晶画面が表示された。

「もしまた機械の調子が悪くなったら、こうやって試してみてくださいね」

 笑顔を作って男を見ると、汗だくのその顔はまるでサウナにでも入ったかのように真っ赤に染まっていた。自分が余計なことをしてしまったために、きっと彼に恥ずかしい思いをさせてしまったのだろう。

「そ、それじゃ失礼します」

 勇一は、これ以上彼に恥を掻かせないように、早々に立ち去った。

 この熊のような巨体を持つ男、安岡大吾がひげ面の頬を赤らめて、勇一の背中をじっと見つめていることも知らずに。


 それ以降、大吾はクラブで勇一の顔を見かけると、どういうわけか「田上ちゃーん」と親しげに声を掛けてくるようになった。職業も、性格も、まるで接点のない自分に。

 最初は、(なんで僕なのかな……)と軽い戸惑いもあったが、話すと存外に明るく朗らかな大吾と打ち解けるのに、そう時間はかからなかった。


 ――この大吾との出会いから二か月後が経った、九月に話は戻る。


 この日も勇一は大吾に誘われ、本我生駅の東口近くにある小料理店・風俗店が立ち並ぶ路地の裏にある、大吾いきつけの小さな焼き鳥屋『てっちゃん』に入った。西口繁華街の喧騒あふれる雰囲気に比べ、どこか隠微さが漂うひっそりとした薄暗い路地は、大吾と一緒でなければ歩くのに少々気の引ける場所だ。

 そこはいかにも大吾が好みそうな、そこそこに小汚いが値段もそこそこで、それなりにうまい物は食わせてくれる店だった。

「……野球の助っ人……ですか? 僕が」

 薄汚れたテレビから野球中継が流れる店内で、勇一はつくねの串を右手に持ったまま、あんぐりと口を開けていた。

「ああ、こんなこと頼めるのは田上ちゃんしかいねえんだよ」

 申し訳なさそうにそう言うと、大吾は一気に焼酎のグラスをあおった。

「次こそは我が『ビッグゴールデンボーイズ』の連敗記録をなんとしても止めなければならんのだっ!」

 今週末の土曜に、大吾が監督をしている草野球チーム『ビッグゴールデンボーイズ』と隣町のチームとの試合があるそうなのだが、大吾のチームのメンバーで寿司屋の兄弟二人が、急に親戚に不幸があって出場できなくなったのだという。

「代わりのメンバーを八方手を尽くして探したんだが……どうしてもあと一人足りねえんだ」

 酔いが回ってきたのか、興奮しているのか、空のグラス片手に、大吾は汗まみれのゆでだこのような顔になっていた。

「でも、僕……体育の授業以外で、一度も野球やったことないし、そんな、試合なんて……」

「いいっていいって。もうこの際、うまいとか下手とか、そんなんは二の次だ。田上ちゃんはただユニフォーム着て、グラウンドとバッターボックスに立ってくれればいい。その分俺たちがフォローするから。なっ」

 そう言って大吾は勇一の目の前で両手を合わせ、拝み込むように頭を下げた。

 そこへ、それまで黙って焼き鳥を焼いていたはげ頭の店主が、突然口を出してきた。

「お兄さん、大ちゃんのお願い聞いてやってよ。大ちゃんとこにはうちもずっと前から世話になってんだからさ」

「大ちゃん」と呼ばれた大吾は、決まり悪げにぼりぼりと頭を掻いた。

「おやっさん、そろそろその『大ちゃん』ってのはやめてくれよ……。俺もう三十一なんだからさぁ」

 大吾は声を潜め、勇一に耳打ちをする。

「ここな、俺んとこの酒屋の昔からのお得意さんなわけよ。俺も高校生んころから配達でしゅっちゅう出入りしててな。だからいまだにガキ扱いってわけだ」

 その大吾の“小声”が耳に届いたのか、店主がさらに追い打ちをかけてきた。

「もしお兄さんが引き受けてくれたら、今日の勘定安くしとくよっ」

「だからぁ、おやっさんは黙って串焼いててくれよっ」

 すでに、勇一が大吾の申し出を断れるような雰囲気ではなさそうだ。


 それから五日後の土曜日、朝八時半。

 秋晴れの空の下、本我生駅前広場で勇一は、フィットネスの時に使っているバッグを左手に下げ、一人大吾を待っていた。

 今日はここで九時に大吾と待ち合わせをして、彼のライトバンで試合が行われるグラウンドに一緒に向かうことになっている。三十分も前に来たのは、人を待たせることを極度に恐れる勇一の、いつもの習慣だった。

 朝晩のラッシュ時とは違い、まだ人通りの少ない広場を子供連れのファミリーや若者たちがのんびりと歩いている。その姿をぼんやりと見ながら、勇一は大吾と初めて出会ってからのことをふと思い出していた。

 大吾は、勇一がこれまで出会ってきたどのタイプの男とも違っていた。それは、図抜けて筋肉の付いた、がっしりとした体格のことだけではない。

 応援団部出身の彼は、常に「熱く」、かつ野放図で人を食ったところがある反面、三十過ぎの男とは思えぬほど純粋で純情な面も持ち合わせている。だからこそ、『てっちゃん』で大きな体を縮みこませ、真剣な目で今日のことを頼み込んできた大吾に、断りの言葉を返すことはできなかった。

 しかし、昔から運動はまるで苦手で、野球どころか、スポーツ全般のルールさえわからない自分に試合の「助っ人」なるものが務まるのだろうか。

 緊張のあまり、昨日はあまり眠れなかった。

「ふぁ……」

 口の中であくびを噛み殺しながら、目の前にそびえたつ時計塔に目をやる。もう九時五分前だ。

(安岡さん、そろそろかな)

 勇一はそわそわと辺りを見回しながら、雑踏の中に大吾の姿を探した。……まあ、身長が二メートル近い大吾の場合、わざわざ探すまでもないのだが。

 しかし、それから十分過ぎても、二十分過ぎても、大吾は一向に姿を現さない。

(もしかしたら待ち合わせの場所、僕が間違えたのかな……)

 不安を覚えた勇一が、ズボンのポケットの中の携帯電話に右手を伸ばした、その時だった。

「……あっ」

 それを待っていたかのように、ポケットの中から軍歌調の着信メロディが鳴った。以前『てっちゃん』で大吾と酒を飲み交わしていたときに、彼の携帯から転送してもらったもので、大吾がOBの大学応援団部に伝わる団歌だという。

 電話を開くと、画面にはもちろん「安岡大吾」の文字と大吾の携帯の番号が表示されている。

 少しの安堵を感じ、勇一が通話ボタンを押した瞬間、

『たぁぁぁがみちゃぁぁぁんっ!!』

 電話の向こうから、大吾の怒鳴り声が勇一の鼓膜を直撃した。

「……!!」

 まるで暴風雨の中で叫んでいるかのような声と取り乱しぶりに、勇一の言葉までもがもつれてしまう。

「あ、あの……」

『いまどこだぁぁ、どこにいるぅぅぅぅっ!!』

「え、駅の……広場、前に」

『おっ、ぉぉぉっ、遅れて、すっ、すまん、ほんとぉぉぉうにすま、ぐわぁぁぁっ!』

(……っ!)

 途中で携帯を床に落としたらしく、勇一の鼓膜に大吾の咆哮(ほうこう)と衝撃音がダブルで突き刺さる。

 大吾ー、なんだい今の音ー、と電話の向こうで中年の女性がいぶかしげな声を上げた。

『な、なんでもねえって、母ちゃんっ』と、大吾は焦りながら答え、一方勇一には、必死に言い訳をまくし立てた。

『き、昨日俺、夜遅くまで眠れんでなっ。夜二時になっても眠れんでしょうがねえから寝酒飲んだら、そのまま今まで寝過ごしちまったんだぁぁっ!!』

 その言葉の合間にも、何かに蹴つまずいたのか、騒々しい物音が電話の向こうで響き渡った。今どきコントですらここまでわかりやすくあわてふためく人間はいない。

『わ、悪いが田上ちゃん、先にグラウンドまで行っててくれっ!』

「えっ……でも、安岡さんは?」

『あっ、おっ、俺は後から行くからっ! 俺待ってたら、田上ちゃんまで遅れちまうだろっ!』

「あ、あの、安岡さん、でも……」

 と、勇一が次の言葉を言い掛けた前に、突然電話は切れた。

 最初から最後までの大吾のどたばた振りに、勇一の顔には微苦笑が浮かんでいた。

(やっぱり、安岡さんって、子供みたいな人だな)

 だが、その笑顔もつかの間、

「……あ」

 ――僕、これから会う人たちの顔、誰も知らないんだ……。

 これ以上ない草野球日和の青空の下、勇一の心の中にだけ、にわかに暗雲が立ち込めてきた。


 その後、駅前のターミナルでタクシーを拾った勇一は、運転手に行き先を告げた直後、頭をフル回転させてこれまでの記憶をたぐり始めた。

(ええと、チーム名は、『ビッグ、ゴールデン……ボール』……じゃなくて『ボーイズ』、メンバーのほとんどは安岡さんと同世代か、ちょっと上だよね。たぶん)

 勇一がこのチームについて知っている情報はこの程度だ。大吾以外のメンバーに至っては、誰一人として名前すら知らない。

(俺がメンバー全員に紹介してやっから、田上ちゃんはなーんも心配するこたぁないっ)

 おとといの『てっちゃん』にて大吾の頼みを了承した直後に、上機嫌で焼酎をあおりながら豪語した彼を今になって少し恨んだ。

 駅を出発してから二十分後、辺りの景色は徐々に緑を増し、林立するビル群に遮られていた空も見晴らしが良くなっていく。

 川べり沿いの広い道に入ったタクシーは、突き当たりにある大きな公園の門をくぐり、今日の試合が行われる野球場の前に止まった。そこは勇一が想像していたどこかの空き地などではなく、経年による施設の劣化は目立つものの、スタジアムもある本格的な施設だった。

「はい、着きましたよ」

 後部座席の自動ドアが開き、人の良さそうな初老の運転手の男が勇一に振り返る。

「ああ、はいっ」

 あわてて勇一は、料金メーターに目をやりながら、ズボンのポケットから財布を取り出した。メーターの金額は1380円。勇一の財布の中身は千円札五枚と硬貨が少々。確か試合の後はチームメンバーの懇親会があると大吾が言っていたから、少々今日の資金としては心もとないようだ。

 料金を支払って、タクシーから降りた勇一は、あらためて辺りを見回した。

 ここは大規模な運動公園らしく、野球場の周囲にはちょっとした林やジョギングコース、噴水や池などがある。土曜日の朝ということもあってか、運動や散歩を楽しむ人たちの姿がちらほらと見られた。

 秋の澄んだ空はどこまでも青く、林からはやや季節外れの蝉の声が響いている。

 続けて、駐車場に並ぶ車に目をやったが、まだそこには大吾のライトバンの姿はなかった。

「……ふぅ」

 去り行くタクシーの姿を見送りながらため息をついた勇一の鼻腔を、緑と土のにおいが軽く撫でた。

(……あ、このにおいって……)

 残暑の熱気で蒸れた空気が、勇一の記憶のどこかを刺激する。頭の中でぼんやりと漂うそれをさらに鮮明にしようとして、

(あ、いけない)

 勇一は自分がいま置かれている状況を思い出した。今はとにかく、大吾の友人たちに事情を説明することが先決だ。

 急いで野球場へと向かった勇一の目に、正面口で落ち着かない様子で立っている草野球のユニフォーム姿の男が目に入った。

 大吾ほどではないが、大柄な体格でしっかりとした口ひげを蓄えた彼は、おそらく大吾と同年代の三十代前半であろう。温和そうだが、反面ややもっさりとした鈍重な雰囲気を持っている。

 辺りをきょろきょろと見回す彼の胸には、「BIG GOLDEN BOYS」とチーム名がプリントされていた。

(あっ……あの人が)

 ほぼ間違いなく大吾の草野球仲間だ。

 緊張で勇一の喉が、ごくり、と鳴る。

 無数の土ぼこりの靴跡が残るコンクリートの上で気忙(ぜわ)しくうろつき回る彼に、勇一が近寄ろうとした、その時だった。

「ーーーーーっ!!」

 球場の中から飛んできた別の男の甲高い怒声に、ぎくりとした勇一の足が止まる。何を言っているのかよく聞き取れないその声の発信源はかなり近い。

(だ、誰?!)

 脇の下にどっと冷や汗がにじみ、足がすくむ。これはもしかしたら――。

(不良? それともアブない人?)

 気が動転した勇一の頭の中を、ぐるぐると不吉な想像が駆け巡る。

 長身の男が、太い眉を気まずそうにひそめて後ろを振り向くと同時に、廊下の奥から何者かが玄関に向かって飛び出してきた。

「まだかよまだかよまだかよ大吾まだかよーーーーーっ!!」

 長身の男と同じユニフォームを着た、見るからに喧嘩っ早そうなその小柄な男は、色黒の顔を真っ赤に染め、住宅街を逃げ惑う野生の猿のように全速力で廊下を走ってきた。

「俺に怒鳴るなよぉ、キンちゃーん」

 筋肉質の小男に詰め寄られた長身の男は、体格と野太い声の割りに意外に小心なのか、飼い主に叱られたラブラドール・レトリバーのような顔で小男に答えた。

「これが怒鳴らずにいられっかってんだ、監督がこねえで、どうやって試合始めんだよっ!!」

 まるで舞台役者のように、小男は大げさに頭を抱える。長身の男や大吾よりも四、五歳は若く見えるが、やはり彼も大吾たちと同年代なのだろうか。

「ったく、あいつあれだけ『今度の試合は俺に任せろ』って言ってたくせに……昔っからあいつはそうなんだ!!」

(……え? 『昔っから』……?)

 彼の言葉の切れ端に勇一が引っ掛かりを感じている間に、小男のテンションはさらにヒートアップする。

「言うことと図体とチ……ナニだけはでけえくせしてぇぇぇっ、いっつもいっつも最後にゃ俺にばっかり尻拭いさせやがるぅぅぅぅっ!」

 そこで小男は、ぎりぎりと歯ぎしりをし、最後に感情を爆発させるように一声叫んだ。

「あんのぉぉぉぉ……デカチンホーケー野郎が!!」

 爽やかな朝に放たれたその言葉に。

 ジョギング中の老夫婦が足を止めて振り向いた。

 どこかで幼い子供が激しく泣きわめいた。

 近くをうろついていた野良猫が、奇声を上げて一目散に逃げ出した。

「デっ……デカ、チ……」

 うっかりそう漏らした勇一に、小男と大男の視線が同時に向けられた。

 そして。

「……」

「……」

「……」

 ――実に、気まずい空気が漂った。

 あからさまな不審の目を勇一に向けた小柄な男が、勇一の目の前ににじり寄ってきた。

 猿……ではなく、猛獣に射すくめられたように勇一の全身がこわばる。

「あんた、何か用?」




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