(体験版)

作・飛田流  





 すでに全裸になり、ベッドの上であぐらをかいている武則さんは、チタンフレームの眼鏡を、(つや)やかなヘッドボード脇のサイドテーブルに置いた。フロアランプの薄暗いオレンジの光が、闇に包まれた寝室の壁に、ぼんやりとした影絵を作る。

「光雄も服を脱いだら、こちらに来なさい」

 仕事が長引いて、約束の夜十時に三十分も遅れてしまった僕を責めるでもなく、武則さんは(おごそ)かな声でそう言った。寝室のドアを後ろにして突っ立っていた僕は、その言葉に背を押され、自分の眼鏡も外す。武則さんの眼鏡の隣に置こうかとも思ったが、どこか気が引けて、ジーンズのポケットから取り出したケースにしまうことにした。

 それから仕事着と兼用の黒のTシャツとジーンズをそそくさと脱いで、クローゼットを開ける。ハンガーに掛けられたスーツやコートの向こうに、ちょっと背が低くて肌が白い、ぽっちゃりとした体格の若い男が現れた。奥に据え付けられた大きな姿見に映る、僕自身の姿だ。

 ベッドに行く前には、必ずこの鏡で自分の姿を確認するのが癖だ。そうしたところで、ぷよぷよのお腹が引っ込むわけでもないんだけど。

(うー……ん)

 このごろ油断して食べ過ぎたせいか、お腹回りにまた肉がついたみたいだ。さらにはソフトモヒカン風の髪型とも相まって、ますます「ゆるキャラ」っぽさが増している――かもしれない。

「……はぁ」

 ニットのトランクスだけを残し、僕は武則さんに振り返る。

(……あれ?)

 彼の顔には、外したはずの眼鏡が、また掛けられていた。視線は僕に向けられたままだ。

「……む」

 とっさに武則さんは少しあわてた様子でごほん、と咳払いをし、僕から視線をそらすと、外した眼鏡をまたテーブルの上にそっと置いた。ということは、僕が服を脱ぐ様子を、彼は眼鏡を掛けてじっと見つめていたのだろうか。

 そんなオヤジ臭い……本能に忠実なところも嫌いじゃない。むしろそれはそれで可愛いし。

 まあ、何事にも「限度」というものはあるけどね。

 ほの明るい間接照明の元で見る武則さんの、濃い体毛と分厚い脂肪に覆われたずんぐりとした体は、いつも彼が身にまとっている上質なオーダーメイドの背広姿とのギャップもあり、荒々しい雄の野生を感じさせる。

 僕も、最後にトランクスも脱ぎ、武則さんと同じ生まれたままの姿になった。

 ――僕が、このマンションで武則さんに抱かれるようになってから、もう三か月ほどになる。

 民放テレビ局のマーケティング部に勤めているという武則さんは、基本的に一日三食とも外食で、ほとんど運動はしないらしい。だからなのか、毛深いお腹は僕よりもさらにぽっこりと出ている。ありきたりな表現だけど、ぬいぐるみの熊さんみたいで、それも可愛いと言えば可愛い。

 普段の武則さんは典型的な中堅ビジネスマンという印象だが、裸になると、顔の下半分を覆うフルフェイスのひげと、両端が上がり気味の太い眉、大きくてぎろりと剥いたややきつめの目、全身を覆う体毛、そのすべてがやや怖い印象を与える。だけど、口を開くと武則さんはとても穏やかな話し方をする、大人の紳士だ。

 ――ただし、僕には理解しがたい、ただ一つの「性癖」を除いては。

 裸になり武則さんに歩み寄った僕は、あぐらを崩し両手を広げた彼に抱きかかえられ、ベッドの上に寝かされた。そのまま互いのむっちりした体を抱き締め合い、どちらからともなくキスをする。

「……ん……」

「……っ、ん、ん……」

 武則さんの温かい体に触れ、熱い舌で口の中を思い切りかき回されると、僕はもうそれだけでとろけてしまいそうになる。弾力のある肉厚の唇と、ちくちくするひげの感触、荒い息遣い、シャワーでも消えない煙草のにおい、それらがいっぺんに五感に染み込んできた。

 続けて僕たちは、共に脂肪の付いたお腹の辺りを押しつけ合うのだけど、そのむにむにとした柔らかい感触が、さらに僕の淫らな感情を刺激した。武則さんの体臭とかすかな男性用コロンの入り交じった匂いにも。

 目の前のヘッドボードに僕たちの媚態がうっすらと映る。

 武則さんは、僕を下に組み敷くと、体重が全部かからない程度に覆いかぶさり、唇を軽く吸うようにまたキスをしたあと、首筋からむっちりと緩んだ胸の上にかけて舌をゆっくりと移動させていった。

「あ、ん……っ」

 武則さんの熱い舌が左胸の突起に差し掛かったとき、噛み締めていた唇から、思わず声が漏れた。

「相変わらず、いい声だな」

 武則さんは満足げにつぶやいて、少し大きめの僕の乳首を口に含むと、微妙な強弱を加えつつ、くちゅくちゅと舌先で転がした。

「はぁんっっ、あ、あ、んんっ」

 武則さんのねちっこい愛撫に僕の声は、だんだんと恥知らずになっていく。

 思わず左手でシーツをぎゅっとつかみ、右手は武則さんの熱い肉棒を探していた。だけど、それは手の届く距離にはなく、仕方なく武則さんの毛深い胸板を撫で回す。うっすらと濡れた胸毛が、しゃりしゃりという心地よい引っかかりを僕の指に残した、

 武則さんは乳首から唇を離すと耳元に口を寄せ、

「私のチンポに触りたいのかい」

 武則さんの口から発せられる、低く、大人の男の落ち着きを持ったその声は、それだけで鼓膜を淫らに愛撫する。

 僕は、……はい、と小さな声で答えた。

「もう少し大きな声で何をどうしたいのか、はっきりと言いなさい」

「武則さんの……チンポ、を、触らせて、ください」

 出来の悪い生徒を叱る教師のような、有無を言わせぬ口調に(あらが)うことはできない。恥ずかしさで顔が熱くなりながらも、なんとかそれを言い終えた。

 武則さんは表情を変えぬまま無言で腰をずらす。開きっぱなしの僕の右手の上に、硬い肉の棒がぐりぐりと押し当てられた。

「……ぁ……」

 待ちわびていた熱くて太い感触に、思わず僕の喉は鳴る。すかさず、その肉柱の先端を、中指の先でいじくってみた。

「…………ぅ、むぅ」

 武則さんの息がわずかに荒くなり、先の割れ目からじわりとしみ出た露が、指を濡らす。彼のいちばん敏感な部分を、小さい円を描くように軽く撫でてみた。

「お……ぉぉ……」

 指の動きに応えるように、僕の上で武則さんは低く、あえぎ声を上げる。

 あふれ出る先走りでべっとりと濡れた彼の鈴口を中指でいじりながら、僕は残りの指を陰嚢(いんのう)に伸ばした。生命の根源――だが、僕たちの場合、世の中に誕生させる機会を決して得ることのない――を包み込んだ袋から、蒸れて湿った熱が伝わる。

「……ん、ん……」

 咳払いなのか嬌声なのか、くぐもった声を武則さんは喉の奥で鳴らした。

 鈴口への攻撃を続けながら、大きめの袋を残りの指で包みこむようにして、くにくにと柔らかく揉む。

「……ん……はぁ……」

 それに呼応するように、武則さんの太い肉棒もびくびくと震えた。

「……光雄は本当に、私のチンポが好きだな」

 満足とも呆れともつかぬ口調の武則さんは、僕の隣に仰向けになると、毛深く太い足を大きく広げた。そのあられもない姿は、まるでよく調教されたサーカスの熊のようだ。

「私の股ぐらの間に来なさい」

 言われた通りに武則さんの足の間にひざまずきながら、お尻を後ろにぐっと持ち上げる。目の前の数センチ先では、上向いた太短いペニスがびくびくと脈打っていた。

「今日の私のチンポはどんな様子だ。言ってみなさい」

 付き合い始めの時からそうだったけど、武則さんは僕の口から卑猥な言葉を引き出すプレイが好きなようだ。床で点けっぱなしのランプもそのためのものだ。

「濃い、茂みの中におっ()った……」

 言葉に詰まりながら、僕はたどたどしく後を続ける。

「ズルムケの……チンポの先から、先走りが次々とあふれ出て、赤紫色の亀頭がてかてかに光っています」

「その下はどうだ」

「二個の……大きめの、金玉が、もっさりと生えた陰毛に包まれて」

「『陰毛』、じゃあないだろう」

「……チン毛に包まれて、快感のためか、やや上がり気味になっています」

「匂いは」

 僕は、その部分に鼻を近づけて、深く息を吸った。一呼吸置いてから、

「オシッコと、チンポの垢と、雄臭さが交じり合ったような、鼻につんと来る、いやらしいにおいです」

 先にシャワーを浴びているはずだから、本来のにおいはやや薄れているけど、武則さんの目的は僕の口から下品な言葉を引き出すことにある。これまで何度となくこの種の言葉は口にしてはいるけれど、それでも恥ずかしさのあまり、声は口ごもり、途切れ途切れになってしまった。

 耳まで真っ赤になっているであろう僕の顔を見て、武則さんは満足そうに続ける。

「味は」

 やっとおあずけを解かれた、空腹の飼い犬のように、僕は武則さんのそそり勃つペニスを思い切り頬ばった。

「んん……は、ぁ……む、ふぅ……」

 生臭いにおいを放つ武則さんの肉砲を、口腔に迎え撃つ。舌のざらざらした表面で、僕はその「ごほうび」の裏側にある、ぬるついた筋を、じゅぶじゅぶと音を立ててなめ回した。

「んん……っ」

 口を閉じていた武則さんの唇の端から、(こら)え切れないように声が漏れる。

 雄の果実の隅々までさんざんねぶり回してから僕はいったん口を離し、彼を見上げる。

「なんとも言えない……しょっぱくて、雄臭い味です」

「そろそろ、私のこれを入れてほしいか」

「はい……入れてほしいです」

 あからさまな質問に答えていくたびに、僕のペニスも、さらに硬度を増す。

「どこにだ」

「僕の……お尻に」

 もう、この寝室で何度となく交わされてきたやり取り。僕たちの言葉の前戯だ。

 そこへ、音もなく、ドアが開く気配がした。だけど、僕はドアにお尻を向けたまま振り返らない。開けた人のことは、だいたい見当がつくからだ。

 武則さんも顔色一つ変えないまま、僕と、僕の背後にいる人に向かって大きく開いた毛深い股を閉じようとはしない。それでも、僕は「その人」に向けて、お尻の穴まで晒されていると思うと、恥ずかしさのあまり、体の芯から熱くなってきた。

 武則さんはどこか意地悪そうに、たっぷりとひげに覆われた唇の右端を軽く上げた。それから後ろにいる人にちらりと視線を送ると、また僕の顔を見て、

「じゃあ、『抱っこ』してあげよう。光雄、こっちを向いて私の膝の上に座りなさい」

 と、僕に答える間も与えず、太い腕で僕の右手を強く引いた。

「あ……っ」

 前のめりで飛び込んだ僕を正面から受け止めた武則さんは、そのまま両手を僕の腰にすっと移動させ、軽く抱え直すと、

「よ……し」

 がちがちになった彼のペニスを、真上にある僕の熱くうずく部分に直接埋め込もうとした。

「あっ……だめっ」

 彼の無茶な行動に、少しあわてた声が出てしまった僕の後ろから、白くしなやかな手が、すっ、と伸びた。右手の中指にはめられているシルバーのドクロの指輪は、その持ち主お気に入りのアイテムだ。手のひらには封を切っていないコンドームが一個置かれていた。

 僕が振り向くと、そこには、色の薄いゴーグルのようなサングラスをし、かつてセックスシンボルと言われたアメリカの女優の顔が大きく描かれたTシャツを着た青年が立っていた。

「これ使えよ」

 もう片方の手に飲みさしのビール缶を持つ彼は、冷静と冷淡の中間ぐらいのトーンの声で言い放つ。サングラスの奥にある黒目がちの瞳は、僕たちの恥ずかしい姿を、どこか醒めた様子で見ていた。

 ほのかに漂うアルコールの臭いを鼻孔がとらえる。

「あっ……どうも」

 彼――ナオヤ君に反射的に一礼して、それを受け取ってから思う。

 ――確かに必要だったけど。助かったけど。

 どうしてこの人は、僕と武則さんのいちばん大切な時間にいつも平気で踏み入ってくるんだろうか。

 内心のジレンマは別にして、とにかく僕は、受け取ったパッケージの封を切ると、武則さんの興起したペニスに急いでかぶせた。武則さんは好きだけど、僕は安全に彼と愛し合いたい。

「もう、いいか」

 ナオヤ君が入ってきたことよりも、むしろ僕が行為を中断していることのほうにいらだっているかのような武則さんは、もどかしげな声で僕を催促する。

「……はい」

 準備を終えてから、あらためて僕は武則さんの太い体に正面から抱きついた。興奮しているのか、それとも僕の体重を片手で支えきれないのか、武則さんは荒い息を一度吐いて僕を抱え直してから、自身の剣先を僕の鞘に密着させる。

「……っ、あぁ、んっっ……」

「ん……んん」

 慎重に腰を沈めていくにつれて、武則さんも軽く目を閉じ、低くうなるようなかすれ声を上げた。熱くて硬い武則さんの分身が、じりじりと僕を充たしていく。恥ずかしいところがぎにゅう、と押し広げられ、その感触に背中がぞくぞくと震えた。

 武則さんの背中に回した両手に力を込めて、きつく抱き締めたその時、

「……あ、ぁぁぁぁぁっ!!」

 体の奥まで武則さんが貫いた。

「ふんっ、ふんっ、ふっ、ふぅぅっ」

「あっ、あっ、ぁぁぁ……っ」

 僕は貪欲に快楽を求めて、一心不乱に腰を振る。武則さんも負けじと下から激しく腰を突き上げる。

「ふ……ん、どうだ、私のチンポは」

「……いいっ、ですっ、すご、く、ああぁぁっ……」

 一つになり、汗まみれの獣になった僕たち。濡れた肌が、粘膜と粘膜がこすれ合い、ぐちゅん、ぐちゅん、といやらしい音が鳴り響く。キングサイズのベッドは、僕たち二人分の体重に多少のきしみを上げながらも、懸命に下で支え続けていた。

 後ろにはおそらく、壁に寄りかかりビールを飲みながら、まるで観客のように僕たちの秘め事を眺めているナオヤ君がいる。熊みたいなおじさんにしがみついて、硬くなったペニスとペニスをぬらぬらとこすり付け合いながら、快感をむさぼっている姿を見られている。

「はっ、はっ、おぉ、っ、おっ……」

 僕の腰に手を回した武則さんは吐息を荒げながら、四十四歳とは思えないほどの力強い突き上げで僕の双丘の奥を掻き回し続けた。

「あ、ふ、ぅぅぅぅぅっ……ぁぁぁ、っ」

 自分のぷっくりとしたお腹と、武則さんの突き出た毛深いお腹の間にはさまれて、僕のペニスは、思わぬ角度から何度もぐりぐりとこすり上げられる。

「ん、んん……ぁぁぁ、ん、ふぅぅぅぅ、んーーーっ!!」

 快感のあまり、だらしなく半開きになった僕の唇の端から、

「……あっ」

 するりとよだれが垂れていった。

(……どうしよう……)

 こんなところまでナオヤ君に見られるなんて――。だけど、あまりにも無防備すぎるこの状態ではもう、どうすることもできない。

 やけになった僕は、汗でぬるつく武則さんの分厚い体にしっかりと抱き付きながら、さらに激しく腰を振った。

「……ぅ、お、ぉぉぉ、っ」

 驚いたような声を上げた武則さんの体が小刻みに震え、「い、いいぞ……」と彼は野太いため息交じりに僕の耳元で(ささや)いた。

「あっ、あっ、あぁぁっ、も、もう、いく……いっちゃう……」

「いっ、いくのかっ」

 息を荒らげながら、武則さんは、視線を僕の顔から奥へと移す。

「なら、あ……あいつにも、それを、説明してやり、なさい……んんっ」

「……っ……」

 なんで、こんなときに。

 だけど、僕には拒否権がない。せいぜいできるのは、逆にこの状況を性的興奮に変えていくことぐらいだ

「…………」

 僕は、いったん腰の動きを緩やかにして呼吸を整えてから、汗と先走りでねとねとになった亀頭の裏を、ぐいと武則さんのお腹に強くこすりつける。

「…………あ、ぁぁっ……」

 濡れた(こわ)い腹毛の感触が、ぞくぞくと背筋が震えるほどの悦びへと変わっていく。

「お、ぉぉ……締まる……いいぞ、光雄」

 武則さんの口から漏れる、直接的で恥ずかしい言葉と太い吐息が、僕の羞恥心を砕いていった。

 ナオヤ君の視線を背後に感じつつも、徐々に僕が腰を動かすスピードは速まり、いつしか僕は、自分のペニスを武則さんのお腹にしゃにむにこすりつけていた。

「おぉ……おっ、おっ、おっ、おっ」

「僕……僕……いっちゃいます……武則さんのぶっといチンポでお尻をぐしゅぐしゅにかき回されて、僕のチンポが武則さんの毛深いお腹にぬるぬるとこすられて……」

 あまりにもはしたない言葉を口にするたびに、沸騰した脳みその芯がじんじんとしびれていく。

「あっ、あっ、い、い、い、く、ぅぅぅぅっっっ!」

 恍惚が頂点に達し、頭の中が一瞬、真っ白になる。

「わ、私も、い……いく、ぞっ」

 武則さんの全身がこわばると同時に、体内(なか)で、彼の昂ぶりが先に、びくん、びくん、と力強く脈動した。

「――ん、ぁああああんっっ!!」

 続けてびゅるるっ、と音を立て、僕のペニスから熱い精液が吹き上げた。

 大量に放たれたそれは、汗まみれの僕たちのお腹をべっとりと汚す。実際には嗅いだことがないけれど、いわゆる「栗の花」のにおいと形容される濃い青臭さが、二人分の汗と雄の臭いに入り混じり、寝室に充満していた。

 すべてを出し尽くした後の幸福感に包まれ、武則さんとの交わりを終えた後も、彼の早い鼓動が治まるまで聴こうと、僕がしばらく厚い胸板に耳を押しつけていた、その時だった。

 カタン。

 後ろで聴こえた小さな物音に、僕ははっと我に帰る。

(……あ)

 首だけ後ろを振り返ると、そこには、さっきとまったく変わらぬ表情のナオヤ君がいた。

 まるで、僕の姿が見えていないかのように、無表情で外したサングラスを武則さんと同様、サイドテーブルに置いたナオヤ君は、無言のままシャツを床に脱ぎ捨てる。その下から、白く艶やかな肌と、引き締まった腹筋が現れた。

「……くっ」

 とっさに目をつぶったけど、彫刻のように均整の取れた彼の体は、まぶたの裏から消えることはない。

「…………」

 急速に顔に熱い血が集まった次の瞬間。

 僕は逃げ出すようにベッドを下り、誰の顔も見ずに、部屋を飛び出していた。

 ――まるで浮気現場を押さえられた間男のようだ。

 そう気付いたのは、裸のままシャワールームに掛け込んで、蛇口をひねり、降り注ぐ水が湯に変わるのを待っている時だった。

 汗と体液を流す程度に軽くシャワーを浴びたあと、脱衣所に戻って備え付けのバスタオルで体を拭いた僕は、

「……あ」

 服がクローゼットに置きっ放しだったことを思い出した。仕方なく、いま使ったばかりのじっとりと湿ったバスタオルを腰に巻く。

 とにかく、喉が渇いた。

 重い足を引きずりながら、リビングと隣り合わせのオープンキッチンに移動すると、

「……ぁ」

 開けっぱなしの寝室のドアの奥から、男二人の(ひそ)み声がぼそぼそと聞こえてきた。

(……なんで閉めないんだろう)

 それ以前に、「彼氏」が別の男――僕のことだけど――のにおいを身にまとったままでもナオヤ君は平気なんだろうか。

 思わず舌打ちしそうになりながらも、僕は左手で片耳を強く押さえ、下を向いたまま、そっと寝室のドアを右手で閉める。

「……はぁ……」

 ――なんで僕が。

 のろのろとキッチンに戻り、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、食器棚から出したクリスタルガラスのグラスになみなみと注いだ。

「僕たち」は、キッチンにある物を、いつでも好きに食べたり飲んだりしていいことになっているけど、僕はナオヤ君みたいに、ビールやワイン、果てはキャビアの缶詰まで気軽に手を付けるようなことはしない。

 半分ほど一気に飲み干すと、冷たい水が、全身から汗を出し尽くした体にしみていった。

「ふぅ」

 一瞬寝室のドアに向けられそうになった視線を、とっさに電源の付いていない巨大なテレビへと移した。

 僕と武則さんの大切な時間に彼と鉢合わせしたのは、今日が初めてではない。僕の場合は、マンションに行く日を事前に伝えているのだから、せめてナオヤ君が、その日に来ないまでも寝室に入ってこないよう、何度か武則さんにお願いしてみたものの、彼は「ああ、わかった」と大様(おおよう)に答えるだけで、それから十日以上経つのにこのありさまだ。

 ただ、ナオヤ君がこのマンションに来るようになってからすぐの頃、彼がリビングのホームシアターで観ていたアクション映画の爆発音が、僕と武則さんが「真っ最中」だった寝室に飛び込んできた時には、さすがに注意をしたようだけど。

 考えてみれば、ナオキ君が僕と武則さんのいる寝室に足を運ぶようになったのは、それからのことだ。

 そして、事が終わっても、僕は立ち去れずにこの部屋に留まっている。もちろん服のこともあるけれど、本来ならば、僕はまだ武則さんの腕の中にいるはずだった。その温もりへの未練なのかもしれない。

 時々ダイレクトメッセージで相談し合うツイッターのフォロワーさんは、この前こんな文面で僕をけしかけてきた。

 ――『さっさと別れちゃいなさいよっ、そんなワガママオヤジ』

 まっとうな意見だと思う。ただ、それを受け入れるには、僕と武則さんの体の相性が合い過ぎる……彼のベッドの上での愛し方があまりにも巧みだった。僕がこれまで付き合ってきた彼氏の誰よりも。

 真っ黒な画面のテレビから、その上の壁に飾られた、湖と冬の枯れ木を描いたリトグラフへと視線を移動させる。

(なんでこんなことになってるんだろう……)

 僕がまた小さくため息をついたその時、

「ああっ、武則さん、いいっ、すっげえいいよっ」

 不意打ちで、寝室からナオヤ君の大きなあえぎ声が聞こえてきた。

「武則さんのデカチンで俺のケツマンぐちゃぐちゃにしてくれよぉっ!」

「……!!」

 とっさに両耳をふさごうとした手から、半分水が入ったグラスが滑り落ちる。

「あっ」

 反射的に踏み出した右足の甲にゴツ、と鈍い音を立ててそれはぶつかり、

(いた)……」

 フローリングの床を、透明な液体の波紋が濡らした。



 去年大学を卒業して、中堅チェーン店の古本屋で働いている僕が、武則さんと知り合ったのは、今から四か月前ほど前、六月初めのころだ。

 そのころの僕は、大学時代から三年間つき合っていた、一歳年上のフリーターの彼氏と別れたばっかりで少し人肌恋しくなっていた。そんな時、久しぶりに顔を出した新宿のとあるゲイバーで僕を誘ってきたのが、グレイのストライプスーツと、チタンフレームの眼鏡が良く似合う、熊系パパの武則さんだった。

 僕たちは会話もそこそこに、近くのホテルで事に及んだ。先に誘ってきたのは武則さんだけど、「今、彼氏がいない」ことを伝えたのは僕が先だった。

 ベッドの上で武則さんは僕が感じるところを短時間で完全に把握し、たっぷりと時間をかけて、そこをねちっこく責め立ててきた。それは、とても優しくて、とてもいやらしいセックスだった。

 事が終わったあと僕は、武則さんにケータイの番号とフリーのメールアドレスを教えた。この人とは一夜限りのことだと思っていたのだけど、とりあえず一応の礼儀として。

 すると翌日の夜、武則さんから、今度は自分のマンションで会わないか、とケータイに連絡が来た。その時、仕事帰りに、エキナカのリゾットレストランで遅い夕食を取っていた僕は、ええ、まあ、とあいまいな返事でお茶を濁しておいた。渋い「パパ」は嫌いではないけれど、二十歳も年齢が離れている(ひと)とうまく付き合えるか、自信がなかったし。

 ……かと言って、はっきりと断りを告げるには、失恋の傷はまだ癒えてなくて。

 そのまま返事をしばらく保留していたら、どこでどう調べたのかそれから一週間後、武則さんは僕が勤める店にお客として顔を出すようになった。

 僕が夜にレジ打ちを担当している時を見計らって来店する武則さんは、僕の顔をじっと見ながらレジの前に立ち、唇をぐるりと覆うひげ面に穏やかな笑みを浮かべ、かつてベストセラーに名を連ねたことしか共通点のない本数冊と一万円を差し出す。

 精算を済ませ、ポリ袋に包んだ商品とお釣りを彼に手渡すと、僕の小さめの手を両手で包みこむようにしてそれを受け取る。その際、手を軽く撫でることも忘れない。

 もし僕が女の子だったら、少々強面(こわもて)にも見える中年男の武則さんをストーカー扱いするところなんだろうけど、熊系のおじさんに笑顔を向けられるのも、そっと手を撫でられるのも、困ったことにそんなに嫌なことではなかった。

 七月に入ったある日の夜、いつものように来店した彼にレジで商品とお釣りの受け渡しをしていると、手に紙と、硬貨とは違う金属の感触が伝わった。

 手の中を見ると、鍵と、住所と四桁の数字が書かれた紙切れがある。

「あ、あの……」

 しかし、武則さんは後も見ずに店を去っていった。

(なんだか……強引な人だなぁ……)

 でも、結局武則さんに押し切られる形で、いつのまにか僕は、その鍵と、紙に書かれていたエントランスの暗証番号を使って、彼のマンションに出入りするようになっていた。

 なんだかんだ言って僕は、武則さんとのセックスが忘れられなかったようだ。

 そして、ナオヤ君が僕の前に、つまり、このマンションに姿を見せるようになったのは、さらに一か月ほど経ったころだ。

 彼との初対面のシーンは今でもよく覚えている。

 お盆休み明けの月曜の夜、武則さんのマンションに来てみると、二十三歳の僕より三、四歳は若く見える、とてもきれいな顔立ちの男の子が、リビングの二人掛けのソファーで寝そべりながらスマホをいじっていた。金色に近い茶髪と、右手中指のシルバーのドクロのリングがまず印象に残った。

「あ……」

 何の事前情報も得ていなかった僕は、予想もしていなかった人物を突然目の前にして、

「す、すみません、間違えましたっ」

 気がつくととっさに上半身を折り曲げ、玄関に向かって駆け出していた。

(何? 誰? 武則さんの弟? ――いや、もしかして、む、息子?!)

 頭が混乱している上に、下ろしたてのスニーカーに右足がなかなか収まらなくて、焦りきった末にそれを半分突っ掛けたまま部屋を出ようとした時、カチャリ、と目の前で、ドアが開いた。

「どうしたんだ、光雄」

 外から帰ってきた背広姿の武則さんが、きょとんとした顔で僕を見る。

「……おかえりなさい」

 つい僕がそう口にしてしまった、数分後。

 ソファーに座った武則さんは、隣で背もたれにべったりと寄りかかってスマホのゲームに没頭している青年の頭を何度か撫でながら、あっさりとこう言った。

「今日から、こいつ『とも』つき合うことにした」

「……え……」

 突然のことで、武則さんたちと直角に並ぶソファーに腰掛けている僕は、どんなリアクションを取ればいいのかわからない。ただ、その時嫌な予感が、ざらりと背中を撫でた記憶ははっきりと残っている。

「それって……僕と別れたいってことですか」

「いいや、光雄さえよければ、君との関係も続けていきたい」

 あまりにも平然とした武則さんの口調に、一瞬それが、世間一般のゲイの常識であるかのようにも思ってしまう。

 武則さんの表情からはさほどの深刻さは読み取れない。もし、ここで僕が「嫌です」と言ったら、武則さんは考え直してくれるのだろうか。

 ちらりと、僕は、黙々とゲームに熱中している青年に視線を走らせる。

「…………」

 顔もスタイルも、確実に僕よりは上だ。肌の張りも違うし、僕みたいに余分な脂肪は体のどこにも付いていない。おそらくセックスも僕よりは上手い――のだろう。

 どうやら、「僕だけを選んでください」という権利は、僕には無いようだ。

 僕は、少しうつむいて、二人から見えないように強く唇をかみしめてから。

「わかりました。これからも……どうぞよろしく」

 さも、物分かりのいい、あるいは鈍感な人間であるかのように、作り笑いさえ浮かべて答えた。



 その日から「僕たち」の奇妙な関係が始まった。




 無料体験版はここまでです。この続きは製品版でお楽しみください。



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