(体験版)

作・飛田流  





 一昔前まで、大学受験に失敗した田舎の高校生は大半が東京か、比較的近場の「プチ都会」に移り住んで浪人生活を送っていた。

 ネットはもちろん、ケータイもスマホもサテライト授業もまだなかった時代だ。田舎に引っ込んだままじゃ、大手予備校のレベルの高い授業は受けられない。

 ――という建前で親を説得して、一人暮らしを始めるんだよな。みんな。

 ま、俺もなんだけど。

 

 これは、将来受験産業に「冬の時代」が来るなんて、まだ誰も思っていなかった頃の話だ。

  

  

 俺は息を殺し、八階の大教室から続く長い列に紛れ込み、じりじりと前に進んだ。行列は八階では収まりきらず、七階に下る階段の途中で、ようやく最後尾が現れる。

 杜の都に建つこの大手予備校には、高校生でも大学生でもないヤツらが東北六県から集まっている。中にはなぜかダブルのスーツを着た生徒バカもいるけど、大半が俺を含めて地味なファッションに身を包んだ、「ザ・浪人生」だ。そんな俺たちは今、受付初日で完売しちまった人気英語講師の夏期講習に、殺気立った顔つきで並んでいる。

「受講証の提示をお願いしまーす」

 古めの黒ぶち眼鏡をかけたチューター(職員)の男が、大教室のドアの前で金切り声を上げている。

 目指す入口まであと、二メートル。いよいよ最大の関門だ。俺は、ギリギリまで“受講証”をポケットの中に待機させておく。

 緊張で喉が渇き、冷や汗が背中にべっとりと滲む。前の生徒のチェックが終わった。いよいよ俺の番だ。

 俺は何食わぬ顔で“受講証”に指を掛け、「英語」の部分だけをほんの一瞬、ちらりとチューターに見せてから、さっと教室の中に入った。

 ――いや、「入ろうとした」。

 

「ちょっとくらいいじゃねーかよ、ケチーーーーッ!!

 がらんとした八階のフロアに、一人取り残された俺の叫び声が響き渡る。

「まったく……こんな小細工して」

 俺から取り上げた“受講証”(のカラーコピー。入手経路は秘密。笑)を片手に、苦々しい顔でチューターが俺を睨みつけた。怒ってもどこか間の抜けた顔は、最近テレビでよく見る漫才師コンビの太眉眼鏡のほうに少し似ている。

「こんなことまたやったら、今度は親に連絡するからなっ」

「……なっ、なにをーっ」

 痛いところを突かれた俺が、思わず一歩足を踏み出そうとしたとき、

「あのう、すいませーん」

 後ろで、若い男ののんびりした声がした。

 俺とチューターが振り返ると、スカイブルーと紺のストライプの半袖ラガーシャツとベージュのハーフカーゴパンツを身に付けた、小柄でずんぐりとした色白の男が立っていた。腹周りのシャツのラインが脂肪で少し太くなってる。

「甘栗むけちゃってますぅ」って名前の菓子を片手にそいつ、ニコニコ笑っていた。

「三階の自習室で、生徒同士が席の取り合いでケンカしてるみたいですよ」

 それを聞いたチューターは、血相を変えて階段を駆け降りていった。

 取り残されてポカンとしている俺に、そいつは人の良さそうな色白の顔にいたずらっぽい笑みを浮かべて、

「なーんてね」

 甘栗を二、三個まとめて口の中に放りこんだ。

「けっこうアイツら、見てないようで、きっちりチェックしてるんだね、受講証」

「……はぁ」

 二の句が継げないでいる俺。

 太った男はまたのんびりとした笑顔に戻ると、

「君も、ここの生徒?」

「ああ、いちおう。そっちもか」

 うん、とうなずいて、また口に甘栗を二、三個ポイ。

 これが、のちに俺と友達――以上の関係になる、和泉明範いずみあきのりとの初めての出会いだった。

 

 ――で。

 それから四か月経った十二月十日。受験生的には、そろそろ真剣にヤバい時期だ。

 この日俺は、午前中予備校で冬期直前模試を受けたあと、昼前に一階の本屋で明範と待ち合わせた。

 他の友達はみんなマジメモードになっちまって付き合いが悪い中、明範だけが、今でもこうやって俺とつるんでくれる。たまに迷惑じゃねーかな、と思うことはあるけど、明範も楽しそうだし、俺も勉強疲れでストレスたまってるし、ま、いいか、って気になってしまう。明範はどう思ってるのか知らねえけど……。

 午前の授業と模試が終わって、そこそこ賑わっている本屋をうろつきながら探すと、

(……いたいた)

 数学の参考書が並ぶ本棚の前で、他の客に交じって本とにらめっこしてる、白のダウンジャケットを着たマシュマ●マンみたいなデブが。

 俺はそーっと後ろから近づき、

「ふっ」

 と明範の耳元に息を吹きかけた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!

 店内中に聞こえるような悲鳴を上げて、腰砕けになり本棚に突っ伏した明範に、「よっ」と右手を軽く上げて声を掛ける。

「……もう!」

 顔を真っ赤にして振り向いた明範は、手に持っていた参考書を胸に抱え、女っぽい小走り(ちなみに、この頃「オネエ」って言葉はまだ一般的じゃなかった)でレジに急いだ。

 うはははははおもしれー。

 含み笑いを浮かべながら俺は、本屋を出てすぐの玄関ロビーで待つ。

 そこへ、まだ顔を赤くした明範が、ふくれっ面をして店からそそくさと出てきた。

ともぉー(=俺の名前)、ひどいよぉ」

 悪ぃ悪ぃと、胸の前で両手を合わせ、拝むマネをする。

「そんで、昼メシ、どうする? 地下食(地下一階の学生食堂)はもう食い飽きたからパスな」

「……じゃあ、今日はアーケード近くのラーメン屋さんにしない?」

 ソッコー話題切り替え作戦成功。

 というわけで、俺は明範と一緒に、ヤツがオススメだというその店へと向かった。

 俺たちの予備校は、新幹線が通ってる駅から少し離れた国道沿いにあるんだけど、すぐ近くに地下鉄の駅があり、繁華街にも近い。

 国道の中央分離帯は遊歩道にもなっていて、車道を隔てた先にはアーケードの商店街がある。この街有数の、活気のあるスポットだ。

「そういやさ」

 クリスマスソングが流れ、人がごった返すアーケードを明範と並んで歩きながら、俺はふと口にした。

「なに?」

「アッキーって恋人いるのか?」

 明範、むせた。

「アッキー」というのは、俺がつけた明範のあだ名だ。毎回「アキノリ」だと言いにくいしな。

「ななななななな、なに、急にっ」

 目をぱちくりさせている明範に、俺は「ノリで」ときっぱり答える。

 視線を泳がせた末に、角地に建つドラッグストアを指差した明範は、

「あ、あのっ、もうすぐだよ、ほらっ、あの角を曲がった先っ」

 急にスタスタスタと、さっきの「乙女小走り」で駆け出した。

 ――ありゃ、童貞だな。

 角の向こうに走り去った明範を追って、俺も続く。そこは、車二台がやっとすれ違えるほどの細い道路が伸び、若干うらぶれたスナックやパチンコ屋、フーゾク系の雑居ビルが寄せ集まっている。その中でただ一軒、二十人ほどの客の列が道路にはみ出している、昭和レトロっぽい雰囲気の小さな店があった。

(……うへえ)

 このクソ寒い中、みんなよく待ってられるよな。

 げんなりした俺は、(どうする?)と隣にいたはずの明範に声を掛けようと思ったのだが――

「ほら、智も早く早く」

 もう並んでるし!

 迷ってる間もなく、俺も明範と一緒に最後尾に並んだ。

十分じゅっぷん待って入れなかったら、別のとこ探すからなっ」

 いちおう釘は刺しておいたものの、明範は俺の隣でニコニコ笑うだけだ。

 ちなみに最初に言ったように、この時代にはまだ、ケータイもスマホもない。だから、木枯らしがダイレクトに吹き付ける中、俺たち順番を待つ客は、おしゃべりぐらいしかすることがなく、ただ寒さに耐えていた。

 そして、俺と明範が並び始めて二十分ほど経ってから、やーーーーっと、

「お待たせしましたー、二名様どうぞーっ」

 板前みてえな白い帽子をかぶった、俺たちよりちょっと年上に見える兄ちゃんに店内へと通された。

 オープンキッチンの前にある、二つだけ空いていたカウンター席に明範と並んで座る。キッチンでは三十代前半ぐらいの、がっちりとした背の高いおっさんが手早く麺をゆでていた。

 店に入れる客はせいぜい二十人ぐらいってとこで、それをさっきの兄ちゃんとおっさんの、二人だけで回してるようだ。こりゃあ、混むのも仕方ねえか……。

 キッチンで麺の湯切りをしているおっさんの慣れた手付きと、ラーメンのうまそうなにおいは、いやがうえにも味への期待を高めた。

 さっきの店員の兄ちゃんが満員の客の間を掻き分けながらグラスを二個持ってきて、俺に「ご注文は」と訊いてきた。

「あー、えーと……」

 あわててメニューに目を通すものの、どのラーメンの写真もうまそうな上に、スープの種類もあっさりからこってり、麺は細麺から太麺、さらにはちぢれ麺まであって、どれを選んだらいいものやら、まるでハテナだ。

「アッキーはどれにする?」

「僕は『うま塩らーめん』にしようかな。こってりスープの縮れ麺で」

「じゃ、じゃあ、俺もそれで」

 伝票に注文を書いた兄ちゃんは、「うま塩二丁!」とキッチンのおっさんに声を張り上げて、また別の客の注文を取りに行った。

「以前はこの店、お客がいなくてガラガラだったらしいんだけどさ」

 注文が終わって数秒も経たずに、明範が俺にささやく。

「最近、テレビの夕方の番組に取り上げられて、お客が一気に増えたんだ」

 俺はもう一度店内を見回してから、へえ、と感心した。

「アッキーも、そのテレビ見て、ここのファンになったクチか」

 ううん、と明範は首を横に振る。

「一か月ぐらい前この近くを歩いていたら、おいしそうなラーメンのにおいがして」

「『この近く』ぅ? なんだアッキー、エロい店にでも行ってんのか」

 俺のからかいを真に受けたのか、明範は、違う違う違う! と顔を真っ赤にした。

「駅ビルの本屋さんに行く途中、だってば!」

「駅ビル……?」

 また引っ掛かりを感じた。

「本買うんだったら、予備校の本屋のほうが近いだろ」

「……あ」

 ヤバいこと言っちゃった、みたいな顔で明範は突然黙りこくった。

「なんだー、やっぱりエロ本目当てなんだろ、このムッツリ」

 違うってばー、ともっとムキになって否定するのを予想していたんだけど、

(……あれ?)

 明範は俺と目を合わせずに、気まずそうな顔で黙ったままだ。



 続きは本編でご覧いただけます。



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