作・出演(笑) 飛田流  





 こんばんは、飛田流です。

 こんなところから、こんな格好で失礼します。



 ……あ、文章なので見えませんね。申し訳ありません。



 僕はいま、とある街の焼き鳥屋に来ています。

 そして、今回のミニコントは、その店の狭い厨房から始まります。







 午後五時。

 炭火コンロに染み付いた香ばしいにおいが漂う、開店直後の無人の焼き鳥屋の狭い店内に、ざくり、ざくりと鶏一羽をまるごと捌(さば)く音が響き渡っていた。

 煙と焼き鳥のたれのにおいが染み付いた、まだ客のいない店内には、マジックで雑に書かれたメニューが短冊のようにベタベタと張られている。掃除というものにまるで縁のなさそうな、油がこびりついた店内に一見の客が入るには少々のためらいと勇気が必要になるだろう。

 さらなるハードルは、ほとんど無きに等しい頭髪の上に、ねじりはちまきのごとく白いタオルを巻いている、見た目四十代後半から五十代前半とおぼしき作務衣姿の店主の風体だ。彼の寂しい頭髪とは対照的に、無駄と表現してもいいほど濃く太い眉に、やや吊り上り気味の細い目は鋭く、濃い髭剃り跡が特徴的な、一言で言えば「強面」の印象を与える。そのうえ、背丈は一六〇センチ台前半でさほど高くはないものの、骨太のがっしりとした体格の彼に一睨みされたら、一見の客は思わず後ずさりしてしまうだろう。

 厨房で鶏を捌いている彼は、この店の主人、岩田徹治(いわたてつじ)である。

 節くれだったごつい指を器用に動かし、一口大に捌いた鶏肉を黙々と串に刺していく岩田。だが、その視線はどこか落ち着かなく、かつ定まらない。

「…………」

 するともなく軽く咳払いをした岩田は手を止めると、視線を右下に落とし、

「そこでじーっと見られてると、俺もやりにくいんだがねぇ。お兄さん」

 と、すぐ隣で、厨房の床にしゃがみこんでいる男に声を掛けた。

「あ、ども……すみま……いたっ!」

 岩田に軽く頭を下げようとして、鼻っ柱を膝小僧に思い切りぶつけたその男は――。





 どうも、僕です。





 というわけで、僕は今、この岩田徹治さんが経営している焼き鳥屋『てっちゃん』に来ている。

 三十分以上も、ずーっとこの姿勢で狭っ苦しい厨房の下にしゃがみこんでるもんだから、かなりきつい。

 しかも、すぐ隣にあるコンロの真っ赤に焼けた炭火が熱い熱い。喉がからからになって、頭がぼうっとしてくる。



 えっ、なぜこんなことをしているのか、って?



 その説明は、もうちょっと後で。とにかく、僕は狭い厨房で、じっと身を屈めているわけで。

 で、僕の目の前には、

「……」

 ちょうど大将の股間がある。

 残念ながら、大将は紺色の作務衣に薄茶色に汚れた白の前掛けをつけているため、その下にある「微妙な膨らみ」までは目にすることができない。

(それでも、気にはなるよなぁ……)

「来た来た来た来たっ」

 大将の押し殺した声に、彼の股間にさらに目をこらそうとしていた僕は、あわてて体勢を直そうとして、

「いたっ」

 思わず頭を厨房のステンレスのどっかにぶつけてしまった。

「だ、大丈夫かい、お兄さんっ」

 涙目になった僕は大将を見上げながら、「シーッ」のポーズを取る。

「あ、ああ」と、大将がまた、まな板に視線を戻した次の瞬間、

「おぃーす」

 野太い男の声がして、ドアがガラリと勢いよく開いた。続いて、ガラガラとカートを引きずるような音がする。

「ご注文の酒お届けに上がりましたー」

 もうおわかりだろう。声の主は『大吾、走る。』『一枚上手』でおなじみの(笑)安岡大吾だ。

(ここから飛び出したら、大吾、どんな顔するかな……)

 その時の大吾の表情を想像すると、僕の口元に自然と笑いがこみ上げてきた。

「お、おう大ちゃん。今日は遅かったな」

 僕の頭の上で、大将が緊張気味に大吾に話し掛ける。

「……いつもとあまり変わらん気もするが……。じゃあ、次からもう少し早く来たほうがいいか?」

「い、いや……そこまで、しなくても、いいと思うが……」

 いぶかしげな大吾に、大将は困ったように口ごもる。

 アドリブに弱いなぁ……大将。

「じゃあ、詫びと言っちゃあなんだが、冷蔵庫まで全部酒運んでやっか」

 と、大吾はおそらくお酒のケースを持ち上げたらしいが、あわてて大将は「い、いやっ、いいっていいって」と押し留めた。

「うむ……そうか?」

 徐々に焦った口調になってくる大将の異変に気づいたのか、大吾もなんとなくいぶかっているようだ。

「そ、それより大ちゃん」

「ん、なんだ」

「……んん、その……なんだ」

(ちょ、ちょっと、大将!!)

 大将、緊張してしまったのか、次に言うべき『大ちゃんに会いたいって人がいてな』のセリフを忘れてしまったようだ。

「……どうかしたのか、おやっさん」

 大吾の声にさらに不審が混じる。

 ええい、もう仕方がないっ!! 

「大吾ー、久しぶりーっ!!」

 覚悟を決めた僕は、厨房の下からマジシャンの脱出ショーのアシスタント張りに両手を上げて、すっくと立ち上がった。

 だが、次の瞬間。

(……ん?)

 ピンと伸ばした右手の指先に、カツン、と硬い感触を感じた。

「……あっ」

 厨房のまな板の上に置いてあった空の銀色のボウルが、僕の手に弾かれて店の床へと一直線に飛んでいく。

 空中で半回転してうつ伏せになったボウルは、ビールケースが三箱積み上がったカートの隣で、グワーン、と間抜けな金属音を立てて小汚い床に衝突し、



 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ……ン。



 長ーいスパンで回り続けて、やっと止まった。

 太眉とだんごっ鼻の間の大きな目をさらに見開いて、あっけに取られた表情の大吾は、二メートル近い巨体に、いつものネイビーと白のツートンカラーのスタジアムジャンパーと色の醒めたデニム、藍色の前掛けを身に付けている。去年僕の家で会ったときとほとんど変わらない格好だ。太い首に薄汚れた白いタオルを巻いているのはマフラー代わりなんだろうか。

 もちろん、ぼさぼさの短髪も、むさ苦しいひげ面も、相変わらずの雄臭さを漂わせている。

「……」

 ずーっと両手を上げたままの僕を、大吾はちらりと見た。だけど、

「……んん……」

 僕が予想したよりもその反応はずっと鈍い。

「あ、あの、大、吾」

 両手を下ろすタイミングを失った僕。

「……っ……」

 大吾は顔をしかめると、突然僕たちに大きな背中を向けた。

「帰るっ」

「だ、大ちゃん、代金は?」

 大将の問い掛けにも、大吾は振り向くことはない。

「次ん時でいいっ」

 怒ったような声を出した大吾は、そのまま一瞥もくれずに乱暴にドアを開けて、店を出ていった。お酒が乗っかった、商売道具のカートを置きっぱなしで。

 予想外の展開に、ぽかんとした表情で、僕と大将は顔を見合わせる。

 気まずい沈黙の後、身を切るような真冬の冷気が店内に入り込んできた。

「ほ、ほらお兄さん、早く大ちゃん追わないと……」

 壁のハンガーに掛けてあったダウンジャケットを、大将は僕に素早く手渡す。

「あ、はいっ」

 僕は大将にぺこりと頭を下げて、急いでそれを羽織ると店の外へと飛び出した。

(さ、むぅぅぅ、い……)

 すっかり冬の夕闇に包まれた、裏路地の細い飲み屋小路を北風が吹き抜けていく。

「大吾ー、ちょっと待ってよーっ」

 しかし、四、五メートル先にいる大吾は僕の声が聞こえないかのように、振り返りもしない。ただ、広い肩をいからせて大股でずんずん歩くだけだ。

 そのまま小路を抜けた大吾を追って僕も走る。

「待って……っ、たら……」

 小路を出た界隈には、いかがわしいフーゾク店(言うまでもないけどノンケ向けね)が何軒も立ち並んでいる。開店直後でまだ人通りはそんなに多くないけど、騒々しいBGMが独特の猥雑な雰囲気を醸し出していた。

 僕はまず駅に続く道に目をやる。だが、大吾の姿はない。振り返って反対側に視線を送ると、スタジアムジャンパーを着た巨漢の背中が目に入った。大吾だ。

 僕がそっちに向かって一歩足を踏み出そうとしたその時。

「社長、どうすかっ、社長っ」

 フーゾク店の前で待ち構えていたように、タキシードを着た中年男が笑顔で馴れ馴れしく擦り寄ってきた。

「あ、あの、僕いいですからっ」

「ウチは明朗会計おサイフ安心。どうすかっ、フーゾクもいまや価格破壊の時代っすよっ」

 男は離すもんかとばかり、笑顔で僕のひじをがっしりと押さえつけてくる。そうしてる間に大吾との距離がどんどん離れていく。

「おっ……」

 苦し紛れに、僕は叫ぶ。

「おじさんが僕とエッチしてくれるなら考えますっ」

 一瞬ぽかんとした男の隙を突いて、僕はダッシュでその場から走った。

「大吾ーっ!!」

 絶対僕の声が聞こえてるはずなのに、大吾は一向に振り返ろうとしない。

 フーゾク街をひたすら走って、やっと大吾に追いついた僕は、息を切らしながらそろそろと、スニーカーの踵を踏み潰した大吾の背後に忍び寄る。

「もう、大吾ったら……」

 仕返し半分・いたずら半分で、後ろから「お尻むにゅむにゅ〜っ」と、大吾の薄汚れたデニムの大きな尻を両手でぐにぐにと揉みしだいた。

 大吾のデカケツは見事な肉厚ぶりで、しっかりと張った大臀筋(だいでんきん)の上をむっちりとした脂肪が覆っている。硬すぎもせず、たるみすぎてもいない、絶妙な張りと感触をデニム越しに僕の指に与えた。

「……」

 大吾の足が止まる。だけど大吾は黙ったままだ。

 いつもの大吾だと、ここでなんらかのリアクションがあるはずだけど……。

 どうしたのかと、僕は大吾の前に回りこむ。

(うわ……)

 すっごい仏頂面だ。「苦虫を噛み潰したような」っていう表現じゃ生ぬるい。目が座っていて、しかも今まで一度も見たことはないほどの殺気が漂ってる。

「俺はな……飛田ちゃん」

 声を押し殺すようにして、大吾はやっと重い口を開いた。

「マジで怒ってんだぞ」

「……っ」

 そのど迫力に、僕は思わず後ずさる。

 だけど、その後を続けず、むっとした表情で大吾はまた歩き始めた。僕も急いで大吾の後を追う。

「どうしたの、大吾。なんで怒って……」

 前を見据えて歩みを止めないまま、怒りを堪えたまま、

「俺と田上ちゃんの話の続きは……いったいいつになったら始まるんだ」

 大吾は、ぼそりと言葉を発した。

「それはぁ……」

 乱れた息を整えながら、僕は、頭の中で必死に言い訳を考える。

「このところ忙しくてぇ……」

沖縄に遊びに行く暇はあるのに、か

「あ……知ってたの」

 痛いところを突かれて、僕は言葉に詰まる。

 その時、突然大吾は道の真ん中で立ち止まった。つられて僕も足を止めた数瞬の後。

「知っとるわっ!」

 いきなりキレた大吾の怒鳴り声が辺りに響き渡った。

 通行人と、それまで軽薄な口調で呼び込みをしていたフーゾクの従業員が一斉に振り返る。人々の好奇の視線を一身に浴びた恥ずかしさで、カッと僕の顔が熱くなった。

「ちょ、大吾落ち着いて……」

「毎日毎日朝から晩まで、日に三度はあんたのブログとサイトをチェックしとるわっ!! 『お待たせしました、大吾たちの話の続きを再開します』って告知がいつ出るかいつ出るかってなっ!!」

「……」

 噛み付かんばかりの大吾の剣幕に、僕は一言もない。

 わめき散らして荒くなった息を大吾はしばらく整えてから、また声のトーンを落とした。

「俺が飛田ちゃんと最後に会ったのはいつか、覚えとるか」

「も、もちろん」

 僕はこくこくとうなずく。

「おととしの大晦日から去年のお正月に掛けてだけど」

「で、それからずーーーーーっと、音沙汰なしだったな」

 また、大吾の眉間にしわが寄ってくる。

「で、でも、大吾たちの世界では、勇一と大吾との最初の出会いからまだそんなに時間が経っていませんが」

「そーいう問題じゃないっ!!」

 いらだった大型犬のように、大吾は太い首をぶるぶると激しく横に振った。

「わかっとるんだぞ。今日も飛田ちゃんが何の用で俺に会いに来たか」

「……」

 僕が黙っていると、大吾は毛深くごつい両の手のひらを盛り上がった胸の前で拍手(かしわで)のようにバチンと合わせ、それをむさ苦しい無精ひげがぽつぽつと生え揃う左頬の脇に添えると、

「『大吾ぉー、悪いんだけどぉ、続編はぁもうちょっとぉ待ってくれませんかぁー』」

 声まで甲高くして、大きな図体をこれでもかとくねらせたあと、

「だろがっ」

 と、ことさら野太くドスの利いた声を出して、僕を睨みつける。

(ここまで読まれてたとなると……)

 脇の下と背中に、嫌な汗が流れた。

 ――もうこの手しかないよなぁ……。

 小首を傾げた僕は、なるべく可愛く見えるように、

「……わかったぁ?」

 と、頭一つ上にある大吾の顔を上目遣いで見上げた。

「わかっとるわっ、最初っっっから物の見事にわかっとるわっ!!」

 余計に腹を立てたのか、大吾はまたすたすたと行ってしまう。

 うーん、こうなったら、最後の「奥の手」を出すしかないか……。

「困ったなぁ……」

 離れた大吾の耳にも届くように、その背中に僕は少し声を張り上げる。

「じゃあ大吾は、このシリーズが打ち切りになってもいいんだぁ〜」

 大吾の足がぴたりと止まる。そのまま、石になったように動かない。

 いつの間にやら、周りの客引きも通行人も、事の成り行きを見るともなく見つめていた。

「もう……」

 悔しげに(肉食動物のような)うなり声を上げた大吾は。

「飛田ちゃんなんか知らんっ! ずーっと知らんっ!! 一生知らんっ!!!」

 怒声を爆発させると、猛然とアスファルトを蹴り出し、野生の猪のごとく夕闇の彼方にどたどたと走り去っていった。

「……」

 道の真ん中に一人取り残された僕。

 作戦はどうやら失敗に終わったようだ。こうなれば……。

「待ってよぉ、大吾ったらーっ」

 仕方なく僕も大吾を追ってばたばたと走り始めた。

 しかし、ただでさえ運動不足の僕は十数メートル走ったところで息が切れて、足ももつれてきた。

「ま、まっ、てぇ……」

 容赦なく顔に吹き付ける冷たい木枯らしに生理的な涙がじわりと滲み、鼻の奥がつんと痛くなる。

 あっという間に大吾の広い背中を見失った僕は、薄暗い路地裏でがっくりと肩を落とし、両膝に手を置いた。

「…………はぁ、はぁ……」

 遠く離れたフーゾク街の喧騒がかすかに耳に届き、激しく鼓動を刻む胸から送り出される血潮が、どくんどくんと全身を駆け巡ってる。



 ――(飛田ちゃんなんか知らんっ! ずーっと知らんっ!! 一生知らんっ!!!)



「あーあ……」

 僕、マジで大吾に嫌われちゃったのかなぁ……。

 となると、シリーズの続きはどうしようか。

 もしかして……自然消滅?

「…………うーん」

 心がどんよりと重くなる。

 また、続きが書けなくなるのかな……「あの時」みたいに。

 顔を上げる気力もないよ。

「何しとる」

 ……?

 いま、闇の中から誰かの声がしたような。

「何しとると訊いとるんだ」

「……えっ」

 その野太い声に、疲れ切ったはずの僕の体が、弾かれたように跳ね上がった。

 そこには。

 ひなびたスナックの壁に無造作に貼られた、満面の笑顔で歌う無名の女性演歌歌手のポスターを背景にして。

 僕の目の前から消えたはずの大吾が、むっつりとした表情で腕組みをして立っていた。

「だ、大吾ぉーっ!!」

 思わず僕は駆け寄って大吾のジャンパーの分厚い胸に抱きつこうとしたけど、完全にそれを予想していたのか、大吾はしかめっ面のまま犬に「待て」をするように、僕に向かって右手をぐっと突き出した。

「……っ」

 僕は仕方なく、急ブレーキを掛けて大吾の前で立ち止まる。

「話があるんだろうが、俺と」

 不機嫌な顔のまま、大吾はとつとつと口を開いた。

 まだ、怒ってるっぽい。

「そりゃあそうだけど……でも、いいの?」

「来ちまったもんはしょうがねえだろ」

 大吾は、ぶっきらぼうに答える。

「行くぞ」

 そして、僕の返答も聞かずに、大きな背を向けて歩き始めた。



 近くの駐車場に停めてあった大吾の店のライトバンに僕たちは乗り込み、大吾の運転で車は出発した。

 まだ酒の配達先が一軒残っているので、話は車の中で、ということらしい。

 車内に充満した、真夏の高校の運動部の部室のような、大吾の汗臭く、男臭いにおいが鼻を突く。運転している大吾も、助手席の僕も、無言だった。

 ここまで口が重い大吾と接するのは初めてで、僕も正直何をしゃべっていいのかわからなかった。

 車は、街灯の少ない寂しげな夜道からなかなか抜け出そうとしない。

「……飛田ちゃん」

 前をまっすぐ見すえたまま、大吾が唐突に口を開いた。

「本当に、『アッチ』のほうに行っちまうのか」

「え? 行くってどこに?」

 大吾は少し言いにくそうに、ぼさついた髪の毛をハンドルから離した右手でがりがりと掻きむしる。

「ほれ、女みてえな顔した野郎二人が、少女漫画みてぇにいちゃいちゃするアレだっ」

「ああ、BLのことですね。それがどうかしま……」

「ホモのくせに飛田ちゃん、女相手に乗り換えようってんのか」

「え、あの、『乗り換える』って……」

 変な想像をしてしまった僕は、あわてて両手を振って否定したけど、大吾の怒りはさらにヒートアップする。

「チンポもついとらん奴らに……ホモの気持ちなどわかりゃせんっ!!」

 勢い余ってハンドルを切り損ねたのか、車体が右に大きく揺れた。

「うわ……大吾、ちゃんと前見て!」

 大吾があわててハンドルを戻そうとした次の瞬間、目の前の四つ角の右からぬっと車が現れた。

「ぅ、ぉぉっ!!」

 クラクションを鳴らされ、両方の車のタイヤが悲鳴を上げて急停止する。

「……は、ぁ……」

 向こうの車が通り過ぎてから大きく息をついた大吾は、またアクセルをそろそろと踏んだ。

 隣ではらはらしていた僕も、まだドキドキが治まらない。

「…………ふぅ」

 鼻で軽く深呼吸をして落ち着きを取り戻してから、僕は、静かに口を開く。

「……どこかの掲示板で叩かれそうな発言は控えてください、大吾」

「……」

 返答はない。

 しばらくして、大吾の口から出た言葉、それは。

「なぜ、飛田ちゃんは……俺たちの話の続きを書こうとせんのだ」

 うぁぁ……徐々に話が核心に迫ってくるよぉ。(汗)

「……えーとぉ」

 返答に詰まり、僕は口ごもる。

「言ったら大吾……きっと傷つくと思いますよ」

「いいから、言わんかっ」

 僕の思わせぶりな口調に、まるで鬼刑事の取調べのように、大吾の声は迫力と鋭さを増していく。

 ああ、これはもうはっきりと言わなくちゃ駄目みたいだ……。

「んー、ぶっちゃけ」

 少し溜めて、僕は恐る恐る次の言葉を口に出した。

「大吾たちの話って、そんなに売れないんですよ」(実話。大汗)

「なっ……なぁぁぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 耳障りなブレーキ音が鼓膜を突く。

 同時に車体がまたガクンと大きく揺れて、ライトバンは道の真ん中で急停止した。

「っ、ぁぁぁぁぁっ!!! び、びっくりしたぁ」

 路上で停車したまま、大吾は放心したように分厚い唇をわななかせ、「な、なぜだ……なぜなんだ……」とだけ繰り返している。

 バックミラーの向こうから、後続車のライトが近づいてきた。

「説明するから……まず車を動かして」

 数秒遅れて、大吾は無言でゆっくりとアクセルを踏んだ。

「同人の世界では、エロ要素が何よりも重要なんです」

 お通夜の席のようにどんよりとした雰囲気の中、僕は続ける。

「大吾たちの話のように、小説で、しかもエロが少ない地味な展開だと、とても人気絵師さんには太刀打ちできない」

「……それなら、俺がいくらでも脱い……」

「もう、昔とは違うんだ」

 首を横に振った僕は大吾から言葉を奪うように遮り、続ける。

「もう、大吾たちの話に魅力的なイラストがつくことも、原稿料が出ることもない」

「……」

 ああ、こんなこと言うつもりじゃなかったのに。

 いつものように二人で馬鹿やって、楽しい「ミニコント」をお届けするはずだったのに。

「……わかってくれるよね、大吾」

「……わかっとる……そんなことはわかっとるっ」

 喉になにか詰まったようにつっかえながらも、大吾は懸命にその奥から言葉を搾り出した。

「だが、俺は、俺としてはっ、飛田ちゃんにずっと……一日中、一月(ひとつき)中、一年中、ずーーーーーっと俺と田上ちゃんのことだけを考えててほしいんだっ」

「……」

 できれば、そうしてあげたいけど、さ……。

 僕が答えに窮していると、大吾は切なげにつぶやいた。

「ずっと前、俺、飛田ちゃんに言ったじゃねえか。『これから一緒に頑張っていこうや』って。……もう忘れちまったのか」

「それは……」

 忘れてなんかいませんよ。そう答えようとしたとき。

 突然、車が止まる。

 窓から外を見ると、

「え……」

 そこには、あの「夢の国」の劣化版のような、妙にメルヘンチックなお城風の建物があった。窓のない独特の形状の外観を、俗悪なピンクのライトが照らし出している。

 ここ……ラブホテルの前だ。

「ちょ……大」

「もし、俺が……」

 今度は僕から言葉を奪い取った大吾は、いったん言葉を区切ると、

「飛田ちゃんと寝れば、これからはずっと俺たちの話だけを、書いてくれるか」

「……!!」

(僕が、大吾と……?)

 あまりのことに、僕の喉がごくりと鳴る。

 緊張で固まった首を僕はぎりぎりと右に九十度ねじり、隣の大吾を見た。

 大吾も、僕をじっと見ていた。

 僕を見つめるその表情には、なんの感情もこもっていない。欲情も、興味も、嫌悪も。

 ただ、空虚な目だ。

 気まずい沈黙が一分ほど続き、そして。

「…………それは、約束できない」

 迷いを残しながら、僕は、そう答えた。

「ん……」

 了承とも否定とも疑問とも取れない鈍い声が大吾の口元から発せられ、そして、前を向き直り、静かに目を閉じた。

「…………」

 瞑想しているかのように、大吾は長く目をつぶっていた。

 闇と薄暗い光に半分ずつ包まれたその顔は、たぶん、これまでに描写したことがないほど苦い表情だった。

 僕はそれ以上の言葉が掛けられずに、大吾の答えを黙って待っていると、

「ぅ……」

「う?」

 そこでカッと目を見開いた大吾は、突然アクセルをグッと大きく踏み込み、

「るぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 ハンドルを大きく左に切ると、長く切れ込みの入ったカーテンで上半分が覆われている出入口に車を突進させていった。

「うわ、っ!!」

 慣性の法則で後ろにひっくり返った僕の体は、座席とドアの間にすっぽりと挟まる。

 ホテルの屋内駐車場に入ると、車は乱暴な音を立てて急停止した。大吾はエンジンをかけたままサイドブレーキを引くと、無言で運転席のドアを開け、のっそりと外に出る。

(こ、これは……)

「拒否してるのに無理矢理ヤられて体が感じちゃってもう離れられなくなる」、あのパターンだ。

 ああ、きっと僕は大吾のぶっといアレで何度も貫かれた末に、もう大吾のアレなしでは生きられない性奴隷にされてしまうのだ……。

「だ、大吾っ、だめっ、そんな、いきなりこんなところで……」

「飛田ちゃん、一人で何やっとるんだ」

 呆れたような大吾の声に、シートの上で仰向けにされたカブトムシのようにばたばたともがいていた僕の動きが止まる。

 ふと後ろを見ると、バックドアを開けた大吾が、酒瓶がぎっしりと詰まったケースを三箱積み重ねて、軽々と胸の前に抱えていた。

「っ、しょっとぉ……」

 積み上がったケースの向こうから、きょとんとした大吾のひげ面が覗く。

「も、もしかして……配達?」

「あったりめぇだろ。なんだと思っとったんだ」

 大吾はいったんケースをひょいと太腿に乗せてバックドアを閉めると、「がはははは」といつものように豪快に笑い飛ばして、奥にあるホテルのドアの中に入っていった。

「はぁ〜ぁ」

 気が抜けた僕は、んー、と声に出して背伸びをするとシートを倒して横になった。座席のすぐ後ろにはビールケースに、グラスやタオルなどの販促グッズや、あたりめに柿ピーなどおつまみが積み上げられている。

 カーオーディオの時計は十八時三十八分。

 体を右に向けると、さっきまで大吾が座っていたシートが目に入った。ふと手を伸ばし、大吾のデカケツが当たっていた部分をさわさわと撫でてみる。

「……」

 わずかに大吾のぬくもりが残っていた。



 ――(もし、俺が……飛田ちゃんと寝れば)



 初めて見る大吾のシリアスな表情。ぼつりとつぶやく低音の声。そして――デニムの上からでもわかる股間の膨らみ。

「……」

 また、喉がごくりと鳴る。

(やっぱ、『ヤリてぇぇぇっっっ!!!』って言っとけばよかったかな……)

 ま、大吾はともかく、僕のベッドシーンなんて誰も見たくないだろうけど。

 でも、その後は「いつも」の大吾だった。

「……むぅ」

 ひょっとして、僕、大吾にからかわれたのかな……。

 大吾が勇一以外の男と寝たいなんて思うはずないし。

 ――っていうか。

「相手が僕て」

 自虐めいた言葉が、尖った僕の口を突いて出る。

 その時、ホテルのドアが開く音がして、パタンパタンと地面を蹴り出すような独特の足音が近づいてきた。

 僕は、とっさに体をくるりと左に半回転させて、助手席のドアに顔を向けた。

 運転席のドアが開く。

「……何やっとる、飛田ちゃん」

 不思議そうな大吾の声が背中に掛けられても、僕はそっぽを向いて黙っていた。

 その間に大吾は車に乗り込み、ドアを閉める。

「ほれ、車出すぞ。ベルト締めんか」

 すねた子供をなだめるようなその声からは、さっきまでの緊張感はすっかり消えている。

「……やっぱり」

 それに気づいた僕は、考える前に口を開いていた。

「さっきはからかったんだね、僕のことっ」

「…………」

 いつもの大吾なら「いやいや、すまんすまん」と言ってくれるはずだ。

(……それで、まあ許してやってもいいや)

 だけど、大吾は黙っていた。

(あ、あれ?)

 大吾はしばらく沈黙してから、

「じゃ、今から中に入るか」

 そう、僕の耳元で囁いていた。

「えっ、えええっ?!」

 あわてて振り返ると、大吾のむさ苦しいひげ面が、僕のすぐ目の前にあった。

「それとも……ここでヤッちまうか」

 大吾の汗の匂い。そして、男臭さが。

 すごく、近い。

「あ、あの、ちょっと……」

 僕がおたついているうちに、大吾の無骨な左手が、僕の太腿の辺りをいやらしく撫でさすり始めた。

「飛田ちゃんが俺のケツ揉んだり、すっから……いけねぇんだ、ぞ」

 マ、マジだ……上ずったこ、声が、よ、欲情してる……。

 反射的にドアのレバーに手を掛けようとした、その一瞬前に、大吾が右手で僕の手をガッと強く押さえつけた。

「!! ……っ」

「『あれ』からずーっと俺、男と肌を合わしとらんでなぁ……もう、マジで限界に来とるんだ」

「た、タンマ、っ、だ、だい……」

「一日二度のせんずりでなんとか抑えてはおるが、それでも毎晩布団の中で体がうずいちまって……もう、どうにもならん」

 獣のような熱い吐息を漏らしながら助手席まで移動してきた大吾の巨体が、固まった僕の上にのしかかってくる。

「……あ、っ……」

 大吾はもどかしげに僕のダウンジャケットのジッパーを半分下ろし、ごつい左手をその中に滑り込ませてきた。大吾の下で僕は、座席に縛り付けられたみたいに身動き一つできない。

 真っ白になった頭の中で、ただドクンドクンと早鐘を打つ胸の鼓動だけが鳴り響いていた。

「飛田ちゃんにだって悪ぃ話じゃねえだろ……な」

「ゆ、勇一は……どうすんのっ」

「飛田ちゃんも、わかっ、とる、だろ……。一度や二度のセックスなんざ、ホモの世界じゃ浮気のうちに……入らん。それに……俺があんたと寝れば、田上ちゃんにもすぐに会えるし……なっ」

 大吾は息を切らしながら全身で僕の体を押さえつけると、空いていた右手で僕のズボンのベルトを緩め始めた。

「んんーっ、大吾、だめ、マジでだめーーーっ!!」

 僕はまたカブトムシになってもがくものの、全身屈強な筋肉で覆われた大吾の体は巨大な岩のようにびくともしない。

 シャツの上から大吾の手が本格的に僕の胸板をまさぐり始めた。

「んん……んんっ、う……むぅぅ……っ」

「んぁ……ぁ、ぁ、ぁぁぁっ」

 大吾の荒い息と僕のうめき声が絡み合い、汗の匂いのこもる車内に間断なく流れる。

「だ……め……っ」

(このままだと……マジでヤラれちゃう……っ)

 大吾は片手で僕のベルトをはずそうとするものの、焦っているのか、なかなか思い通りにいかないらしい。

 ん? ってことは――。

 さっき大吾に押さえつけられた左手に力を入れてみる。

(あ、動く……)

 大吾が手こずっている隙を突いて、僕はわずかな自由が残された左手で、必死にドアのレバーを探した。

 えーと、えーと……こ、ここかな?

 手探りで見つけたいちばん近くのレバーを力任せにグイッと引っ張った、その時。

「あ」

 頂点まで達したジェットコースターが、一気に落ちる、あの感覚。そして、

「うぉぉぉっ!!」

「あぁぁぁっ!!」

 僕の体重と九十キロ超の大吾のそれを支えていた座席の背もたれが、後ろにバターンと倒れた。同時に、僕の体の上に大吾の巨躯がサンドバッグのようにどさりとのしかかり、大吾と顔を突き合わせていた僕の唇は大吾の唇と……。

(……あれ)

 しかし、僕の唇に当たったのは、大吾の唇のむっちりとした感触ではなく、タワシの先のようにチクチクとした固い毛の感触だった。

(これ……無精ひげ?)

 僕がさらに確かめようと唇を突き出すと、いきなりその「タワシ」がものすごい速さで「んんんんんんんーーーーっ!!」と、左右に揺れた。

 わかりやすく言えば、大吾がぶんぶんと首を横に振った……のだと思う。

「い、たたたたたぁぁぁ……ぁぁっ!!」

 唇を大吾のひげでこすられ、思わず後ずさった僕の後頭部でガン、という音がして強烈な衝撃と痛みが走った。

「いったぁ……」

 どうやらビールケースの角に頭をぶつけたみたいだ。軽く涙がにじむ僕の目に、呆然と僕を見おろしている大吾の姿が映る。太い眉をしかめてどうやら心配しているようなのだが、分厚い唇を思い切りすぼめているため、全体としてはどうも微妙な顔つきだ。

 我に返ったのか、大吾はあわてて僕を抱き起こした。

「だっ、大丈夫か、飛田ちゃん」

 すまなそうな声を出した大吾は、大きな手でがしがしと僕の頭を撫でてくれたあと、

「すまん……悪かった」

 そのまま僕の体をぎゅっと抱きしめた。

「……ぁ」

 大吾の胸に顔をうずめた僕の鼻腔に伝わる、大吾の汗の匂い。男の匂い。そして、日の光をたっぷりと浴びた土のにおい。

「……ん」

 あれだけ抵抗したくせに、大吾の太くたくましい腕に抱きしめられて、僕はぼうっとなってしまう。

 しばらく僕は、大吾のにおいと体温と分厚い筋肉の感触を楽しんでから、その耳元で意地悪く尋ねた。

「っていうかさ。大吾さっき、口すぼめてなかった?」

「……ん、んん……っ」

 さっきまでとはまるで正反対の、困ったような声を大吾は出した。

「や、やっぱり、たとえ飛田ちゃんでも、キス……だけはできん」

「どうして?」

「わ、わかっとるだろうがっ。お、俺がキスしてぇのは……た、たが……」

 そこまで大吾が言い掛けたとき。

「……ぁ」

「……ん……」

 僕の右腿の辺りに跨っていた、大吾の股間が急速に、み、漲って……。

「わ、わ、わかったからっ、とにかく離れて!」

「お、おうっ」

 暗闇の中で、僕たちはあたふたともつれあって、やっと元の席に戻った。そして、乱れた呼吸と服を整えていたとき、

(……あ)

 僕はある事実にふと思い当たる。それは――。

 あれほど僕に欲情していたかのように見えた大吾が、実は勃っていなかった、ってこと。

 なのに、「勇一とのキス」という言葉だけで、体がすぐに反応したこと。

(やっぱり……僕じゃ勇一の代わりにならないってことか……)



 それから。

 僕たちが乗ったライトバンは、ひっそりとした細い道をやっと抜けて、国道の大通りを走っていた。

 ただし、ハンドルを握っているのは僕で、助手席に座っているのが大吾だ。

 カーオーディオの時刻はもう二十時四十二分を差していた。

(お腹すいたなぁ……)

 空っ腹の僕の視線の先には、ライトアップされたファミレスとかうどん屋の看板とか、食べ物屋がやたら目に留まる。

 ほんとは、大吾と一緒に『てっちゃん』で何か食べるはずだったんだけどね。

「飛田ちゃん、道はわかっとんのか」

 言い忘れたけど、この車にはカーナビは付いていない。

「ま……まあ、たぶん」

 根拠はないけど、とりあえずそう言っておく。

「それにこれミニコントだから、そこらへんの描写はテキトーでいいよね」

「…………たく」

 呆れたように大吾は大きく息をつく。

 いらだっているのか、大吾はぶっとい腿を貧乏ゆすりのようにカタカタと音を立てて揺らしていた。

 ――で、なぜ僕が大吾の代わりに運転しているのか、だけど。



 さっきのシーンの直後。



「そんなに不満があるなら、僕が次に書く小説の主人公がいる場所にこれから行きましょう。そこで直接その人と話し合ってください。……あ、言うまでもなくその人は男だけど」

「な……」

 口をぽかんと開けた大吾。さらに僕は「ちなみに」と畳み掛ける。

「その男性は、短髪・ラウンドひげ・毛深・ガチムチのオヤジという、典型的なゲイ小説のキャラです」

「……ん……」

 それまで顔をしかめていた大吾の表情がむずむずと動く。

「ま、嫌なら無理にとは言いませんけど」

「だ、誰も」

 沈黙の後、大吾の喉がごくりと鳴る音がした。

「嫌だとは言うとらんだろ……が」



 それが、今から一時間ほど前のことだ。



「えーと、こっちかなぁ……」

 都会って、どこもかしこも同じようなビルとコンビニとファストフード店ばっかりなんだなぁ……。

 とりあえず、次の交差点を左に曲がってみようか。当てずっぽうだけど。

 ウィンカーのレバーを上げる。カチ、カチ、という音が、無言が続く車内に響いた。

「……」

 気詰まりな空気に耐えかねた僕は、ハンドルを握りながら、唐突に大吾に話題を振ってみる。

「大吾は大丈夫なんですか?」

「……ん?」

 不意を突かれたように、大吾は一瞬遅れて答えた。

「だから、次の話の主人公に会うこと」

「おっ、俺もっ、そ、そいつに文句の一つも言ってやらんと、気がすまねえからなっ」

 詰まり気味にそれだけ言って、大吾はまた黙り込む。大きな体をもぞもぞさせて。

「……?」

 どこか様子がおかしい。大吾の。

 息が荒く、足どころか肩までガタガタと震えている。まるで、麻酔銃で撃たれた瀕死の熊みたいだ。

「どうかしたの、大吾」

 車のスピードを緩めて、ちらりと大吾を見ると、

「……ぅぅ……」

 威嚇する大型犬のように低くうなりながら、前のめりで両手を太い股の間に挟み、そこへ何度も抜き差ししていた。

 なんだ、トイレを我慢していたのか。

「ま、まだかっ、飛田ちゃん」

 大吾の声に焦りが増してくる。

「うん、あともうちょっと、かなぁ……」

 そうは答えたけど、何の確証もない。

「………………ぐ、ぅぅぅ……」

 大吾の凶暴なうなり声が頂点に達した、次の瞬間。

「いーかげんにせぃ!!」

「……!!」

 ついにキレた大吾の一喝に、思わず僕の背筋がぴんと伸びて、ハンドルを握り直した。

「そ、そこっ、左だっ、そんでとにかくまっすぐ行けぇぇっ!」

「!! はいッ!!」

 大吾に言われるまま、車の切れ目を待ってそろそろと左折レーンに入り、ハンドルを左に切る。

 そのまま人通りのない夜道をしばらく進むと、数百メートル先にぽつんとある、薄暗い公園の入り口が見えてきた。

「大吾、あの公園に停めればいいの?」

「……ぐ……ぅぅぅ……」

 もはや返事もできないほど小用を堪えているのか、大きな体を身悶えさせている大吾の声に、僕は黙ってアクセルペダルを強く踏んだ。

 そのまま車は、道路に面した公園の駐車場へと入っていく。そこには数台の車はあるけど、なぜか街灯を避けるかのように、みな暗がりの隅に停められていた。

 入り口近くに立つ時計塔は二十一時ちょい過ぎを差していた。

 僕はそれらとは反対側の少し離れた場所に車を停める。

「……っ……しゃぁっ!!」

 同時にドアを勢いよく開けた大吾は、車から外に飛び出していった。大吾の雄臭いにおいと入れ替わりに冷えた潮の香りが、車内に忍び込んでくる。

「あ、ちょっと、大吾ぉ……」

 エンジンを切って車外に出た僕は、あわてて大吾の後を追った。

 広い園内には一面に芝生が広がり、潮のにおいのする木枯らしが直接吹き付けて、鼻の奥と耳の周りが痛くなってくる。

「大吾、トイレはそっちじゃなくて……」

 入り口からすぐの場所にトイレがあるのに、大吾の足はそれとは反対側の木々の茂みへと向かっていく。

 続いて茂みに入った僕が、息も絶え絶えに大吾に呼びかけようとしたとき、茂みを抜け、周りをぐるりと木々で囲まれた薄暗がりで突然、大吾は立ち止まった。

「……っ、んん……」

 その直後、大吾は前掛けを脱ぎ捨てると、デニムのベルトに手を掛けて緩め始めた。

「ええ、ここでするの? ちょ、大吾ーっ!!」

 てっきり大吾がそこで立ちションをするものだとばかり思っていた僕は、次の瞬間、驚きのあまり、言葉と息を飲み下した。

 もどかしげに大吾がデニムと一緒に白いデカブリーフをずり下げたそこには。

「……っ!!」

 完全に反り上がった大吾の巨砲があった。

 久々に生で見る「それ」は相変わらずの巨大さで、しかも、枯れ枝の木陰からわずかに漏れる頼りない街灯がぼんやりと「そこ」を照らし出している。大吾のブリーフと図太い肉幹の間には、すでに透明な糸が引いていた。

 思わず僕が見とれて……ではなく、あぜんとしてる間に、大吾はまた「っしゃぁぁぁぁぁっ!!」と雄たけびを上げると、残りのジャンパー、首に巻いたタオル、デニム、下着もすべて地面に脱ぎ捨てていった。

「だ……だい、ご……っ」

 大吾が一枚ずつ服を脱ぎ捨てるたびに、雄臭さがむんむんと漂うがっしりとした筋肉と、巨体を覆う毛深い体毛があらわになっていく。脂肪の厚みが緩やかな曲線を描く腹の下では、密集する剛毛から重量感を湛えた肉色の太い幹が、ずん、とそそり勃っていた。

「ん、んん……」

 裸鬼のごとく一糸まとわぬ姿となった大吾は、自身の大きな手で握り締めても包皮を半分かぶった亀頭が余裕で飛び出している雄肉を、がしがしと乱暴にこすり始めた。

「っ、はぁ……む、ぅぅ……」

 肉の塔を溢れ出す先走りでべとべとに濡れた五指の筒がぬちゅっ、ぬちゅっ、と淫らな音を立てて潜り抜けるたびに、大吾の巨体がびくびくと震える。もう完全に「本気モード」だ。

 しかし、いくら人気(ひとけ)がないと言っても、ここは公共の場所だ。

「大吾っ、誰か人が来たら……」

 気が気じゃない僕は、声をひそめて注意するものの、大吾の手筒の動きはますます早くなる。

「さ……先に、溜まりに溜まった雄汁、ぶっ放しとかねえと俺、頭に血ぃ上っちまってっ、そいつに、ま……まともに、文句も言えねえから……なっ」

 本格的にぐちゅぐちゅと巨大な太竿をしごき始めた大吾の姿は、全身の毛深い筋肉といい、獣じみた重低音の鳴き声……ではなくうなり声といい、雄熊そのものだ。

「男がヤるのに……『愛してる』だの『好きだ』だの、甘っちょろい言葉なんか、いらねえんだ。雄汁で金玉がパンパンになったら、チンポが固くなって、我慢がどうにも利かなくなっちまって……ただ、チンポから汁をぶっ放す、それだけだ」

 筋肉で盛り上がった肩を大きく揺らし、大吾は僕に見せ付けるように太い指を肉竿全体に絡めるように刺激を続ける。

「よく見ておけ……これが、本物の男だ。いきり勃ったチンポを握り締めて、こ、こすり上げるのが……」

 もちろん、大吾に言われるまでもなく、僕だって男の端くれだから、男の生理的感覚はよくわかっている。

(ってことは……)

 大吾は僕ではなく、ここにはいない「別の誰か」に語りかけているのだろうか。

「んむぅ……マッパのせんずりたまんねぇな……すっげえ感じちまうぜ……」

 エロい言葉をいちいち口に出すことでさらにノッてきたのか、大吾は体毛に覆われた太い腰をこれでもかと揺すり上げ、脈打つ肉棒と無骨な右手の筒とを、情を交わしているかのように一心にしごき続ける。

「押忍! 押忍! 押ー忍っ!!」

 あまつさえ低く押し殺しながらも、大吾は声まで上げ始めた。

 月明かりと街灯にうっすらと照らし出された、屈強な大吾の裸身。気のせいか、行為に没頭している大吾の全身から湯気が立ち上っているようにさえ見える。

 筋肉の鎧をみっしりと身に着けた野武士にも似た、粗野なその姿から僕は目が離せなくなっていた。

(すご……)

 毛深い巨躯から、むせ返るような男と汗の匂いを立ち上らせている一匹のいかつい雄。今の大吾は、そう表現するのがふさわしい。BLにはまず出てこない、雄臭さ200パーセント以上の雄だ。

 巨砲から先走りがだらだらと流れ出し、激しく手を動かす大吾のごつい手の中の湿った摩擦音がさらに卑猥に高まっていく。

「ん、んむぅ……出るぞ、ぶっ放すぞ飛田ちゃん……俺のぶってぇチンポからくっせぇ汁出、出る、ぅぅぅっ!!」

 汗まみれの大吾の顔が大きく歪み、「ん、んん……」と切なげな声とともにぶるりと震えた次の瞬間、

「んっ、んんんんーーーーっ!!」

 熊の咆哮、という言葉がふさわしい、その野太い声とともに、びくびくとわなないた大吾の先端から、一筋の太く白い奔流が飛び出した。

「う、ごぉぉぉぉぉっ!!!」

 獲物に飛び掛る白蛇のような勢いで、それは瞬く間に地面に叩きつけられていく。何度も、何度も。

 体の奥から熱くたぎった欲望をすべて出し尽くした大吾は、まだ肩で大きく息をしている。ど迫力のエロシーンを前にして、僕の喉はからからになっていた。

「……っ……、ほ、ほら、大吾、早く服を……」

 上ずった声で、僕があわてて大吾に呼びかけたその時。

 茂みの奥から、がさりと音がした。

「……っ、大吾……」

「……ぉぉ……っ」

 ざく、ざく、と地面を踏みしめるそれは、明らかに人の足音だ。

 一瞬で現実に引き戻された僕たちが、恐怖で引きつった顔を見合わせる間にも、足音はだんだんと近づいてくる。

「へへ……くっせえなあ、おい。濃ぅい野郎汁のにおいがこっちまでぷんぷんしやがるぜぇ」

 茂みの奥から、四十代ぐらいの中年オヤジの声がした。

(っていうか「野郎汁」ってことは、このオヤジも……?)

「……んむぅぅっ?!」

 オヤジの声を聴いたとたん、大吾の顔色が変わった。

 枯れ枝に覆われた垣根をぐいと掻き分け、奥からのそりと姿を現したのは――。

「えれぇ楽しそうなことしてんじゃねえか、兄ちゃんよぉ」

 大吾と同じく、靴以外何一つ身に着けていない、生まれたままの姿をした中年の男だった。男はいかにも助平そうないがらっぽい声で、

「ちょっくらおっちゃんも交ぜてくれや、なぁ」

 と、好色な笑みを浮かべる。

 男のヤクザチックな凶悪面に口をぐるりと囲むラウンドひげ。小柄ながらも、大吾に負けず劣らずのがっしりとした毛深い筋肉。そして、濃い胸毛から一直線につながる陰毛に包まれた股間にそびえ勃つ、彼の「歴戦」を如実に物語る淫猥に黒ずんだ剛棒。びくびくと震えるその先からは、ねっとりとした透明の雫が糸を引いていた。

(あ、このおっちゃん……)

 僕が男の正体に気づいた瞬間、大吾は即座に両足を揃え、「気を付け」の姿勢を取った。

「か、神戸(かんべ)先輩っ!!」

 そう、なんと茂みから出てきたのは、拙作『闇の荷物』で、主人公の洋平の上司(で洋平を食った・笑)、神戸琢蔵だった。あわてふためく大吾とは逆に、琢蔵は余裕しゃくしゃくの表情だ。

「なんだおめえ、安岡じゃねえか」

 四十代とは思えぬほど鍛え上げられた太い腕を組んだ琢蔵は、続いて僕にあごを向けて、

「で、そっちの兄ちゃんは……安岡のコレか?」

 と、親指みたいな太さの小指を突き出して尋ねる。

「はいそうです」

 即答した僕を、大吾は「ち、違うでありますっ」と制し、

「こ、こいつは……ではなく、この方は自分らの話を書いてくださっておられる、飛田流氏でありますっ」

 使い慣れない敬語のせいか、たどたどしく僕を紹介した。

「おう、そうかそうか。いつも世話になっとるな、飛田の兄ちゃんよ」

 琢蔵はにやけながら、短く刈り込んだ後頭部を少し崩れた敬礼のようなポーズでがりがりと掻いた。その太い二の腕には力瘤が盛り上がり、続く腋の下で繁茂する黒々とした毛が顔を覗かせる。

「っていうか、琢蔵のおっちゃんはなんでこんなところに……」

 そう琢蔵に気安く掛けた僕にぎくりとした大吾は、

「お、おい飛田ちゃん、『おっちゃん』ってのは……」

 とがめるように声をひそめたけど、琢蔵は気にする様子もなく、「おお、それはだな……」と、ここに来た理由を語り始めた。

「(中略)……ってぇわけよ」

「なるほど。この公園が有名な『アレ』なので、『あの後』も琢蔵のおっちゃんはここにちょくちょく来ているってわけなんですね」(詳しくは『闇の荷物』本編にて。宣伝☆)

 琢蔵は僕の言葉に、たっぷりとヒゲを蓄えた口元にまたにんまりと笑みを浮かべて「おうよ」とうなずく。

「で、まずは公園を軽ーく一回りしてみっか、ってところで、茂みん中から野郎のエロ臭ぇ声が聞こえてきたじゃねえか。こいつぁ服なんざ着てる場合じゃねぇってんで、俺も気がついたら『ごらんの有様』ってぇわけよ」

 僕たちに見せつけるようにどっしりと肉の付いた腰を左右に振って、半勃ちのどす黒いアレをぶらぶらと卑猥に揺すりながら、琢蔵は直立不動を続ける大吾の前に立った。

 緊張感を漲らせた大吾の顔と、その下のふてぶてしい股間を何度も見比べた琢蔵は、目をギラリと光らせて、

「へへ……相変わらず、でっけぇチンポぶらさげてんじゃねえか、安岡」

 雄汁でしとどに濡れた大吾の巨根を、毛ガニのようなごっつい手で下からむんずとつかみ上げた。

「ぐ……ぅぅぅっ、きょ、恐縮でありますっ!!」

 さっきまでとは別の冷や汗を浮かべた顔を強ばらせた大吾は、急所を握られたまま微動だにしない。

「あの〜」

 会話に割りいるタイミングを探っていた僕は、そろそろと二人に声を掛ける。

「おう、なんだ」

 琢蔵は、ごつい指の腹で大吾の雄肉の鈴口をいじくりながら答える。

「次の小説の主役は、琢蔵のおっちゃんにやってもらいたいんですけど」

「お、俺か?!」

 僕の言葉があまりにも意外だったのか、琢蔵の眼光鋭い目が突如真ん丸になった。

「はい、そうです」

「い、いてて……神戸先輩……」

 思わず琢蔵の手に力が入ったらしく、大吾の眉間に皺が寄る。

「そのことを伝えに僕たち、これからおっちゃんの会社のプレハブに行こうと思ってたんですよ」

「……ぬぅ」

「な、なぜそれを先に言わんっ、飛田ちゃん!!」

 巨大な双玉をぎっちりと握られ、身動きの取れない大吾に、「あ、そうそう」と、僕は軽く声を掛けた。

「さっきまで大吾、『次の話の主人公に文句言ってやる』って息巻いてましたよね。せっかくなのでここでどうぞ」

「いや、あの、それは……」

 琢蔵は「ほう」と、濡れた大吾のデカブツをぐにぐにと右手でいじりながら、

「何だ、俺に文句があんなら遠慮せずに言ってみろや、安岡」

 さながら「前科二十犯」といった、貫禄と迫力に満ちた笑みを琢蔵は浮かべた。

「い、いや、ないであります、何も、まったくないであります!!」

 棒立ちのまま絶叫する大吾は、まるで「借りてきた猫」ならぬ剥製(はくせい)にされた熊だ。

「じゃ、話もついたところで、琢蔵のおっちゃん、次回よろしく……って、話聴いてます?」

 僕の言葉などガン無視で、琢蔵は大吾の股間をいじりながら、大吾の肩にぶっとい腕を回し、耳元にヒゲが覆う唇を近づけていた。

「ここで会ったのもなんかの縁じゃねえか、安岡。久しぶりに学生時代を思い出して、あっちで『寒稽古』といこうや」

 実におっさん臭いいやらしい低音で囁いた後、琢蔵は分厚い舌を出して、大吾の耳をぺろりとなめ上げた。

「う、うぬぅ……そ、それは……」

 大吾の声に迷いのトーンが入る。それと相反するように、琢蔵のごつい指先ににねちっこく攻められ続ける大吾の肉竿の硬度がどんどん増していく。そして琢蔵のそれもまた同様に――。

「じゃ、そういうことだ。後は飛田の兄ちゃん、よろしく頼むぜ」

「えっ、あの、僕はここでお別れなんですか?」

「ま、無料(ただ)でぜーんぶおいしいとこを見せてやるほど世の中は甘くねえってことだな」

「うーん、そうですかぁ……」

 琢蔵の答えを確認した僕は、身動きできず弱りきった表情の大吾に顔を向ける。

「じゃ大吾、そういうことらしいですから、僕はこれで」

「な、なにをそんな薄情な……」

 こみ上げる快感と相反するなんとも恨めしげな表情で、大吾は僕を睨み返した。

「さぁてと」

 好色な笑みを浮かべた琢蔵は、大吾の広い肩に回した毛深い腕にさらに力を込める。

「作者先生のお許しも出たところで、じゃ、始めるぜぇ、安岡よ」

「い、いや、あの……」

 しかし、抵抗もかなわず、大っきなおっちゃんはちっちゃなおっちゃんに無理やり茂みの奥に引きずり込まれていきましたとさ。





 というわけで、次回は神戸琢蔵(タクチャン引越センター社長)を主人公にしたお話の予定です。

 ガチなゲイエロ小説(今回のミニコントの十倍はむさ苦しいかと。汗)なので、耐性のある読者の方・ちょっと冒険してみたい(笑)腐女子の方、どうぞよろしくお願いいたします。



「へっへぇ……相変わらず安岡はここをいじられるのが好きみてぇだな」

「ぅ、ぉぉ……神戸先、輩ぃぃ……そ、そこは……駄目であります、ぅぅ」



 えーとぉ……(汗)。

 茂みの中から、おっちゃんたちの熱い吐息交じりの声が聞こえてきましたが、そろそろお時間ですのでこのへんで。





 それでは、お楽しみに!(笑)







※二〇一〇年二月にアップした、ブログミニコント(笑)より。
 ミニコントなので、本編と設定が異なる場合があります。




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